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【読書感想】原節子の真実

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戦時中は「愛国者」としてふるまった原さんなのですが、戦後は、映画女優として「民主主義の象徴」としての役を割り当てられるようになります。

そんななかで、小津安二郎監督の『晩春』は高く評価され、現在でも、原節子の代表作と言われているのですが、原さん本人は、この他者からの評価に不満だったそうです。

『晩春』は公開されると、批評家から絶賛させる。小津は前二作の不評を『晩春』で一挙に覆した。現在へと続く小津の名声は、この作品から始まっている。

『お嬢さん乾杯!』『青い山脈』で沸騰した節子の人気と評価もまた、この『晩春』で決定的なものとなった。「ついに小津によって大根の原節子も女優として開眼した」といった言葉の数々が見られたが、節子自身はこういった評価のされ方には内心、強く不満を抱いた。

黒澤明からは現場で激しく演技指導を受け、時には涙を流したほどだった。だが、小津から演技指導を受けてはいない。自分は自分の半生を通して身につけた演技で小津に応え、それが評価されたまでのことと本人は思っていたようである。

加えて、節子は自分が演じた紀子という人物像にも好感を持ってはいなかった。親の言うことを聞いて見合い結婚を選んで生きていく。節子には自我の足りない女と映ったからだろう。節子は、『わが青春に悔なし』『安城家の舞踏会』『お嬢さん乾杯!』は好きな作品だったとしたうえで、『晩春』については公開前も公開後も、こう語っている。
<そういう意味で今後の『晩春』の役も私には一寸割り切れないものがあって演り難い役です>(『キネマ旬報』昭和24年7月1日上旬号)
<この映画の娘の性格は私としては決して好きではありません>
(『平凡』昭和25年12月号)

周囲は、原節子さんの代表作といえば、小津監督が獲った映画だと評価していたのですが、原さん本人は、小津監督作品のヒロインの受動的なところが嫌いだったそうです。

そして、心酔していた義兄・熊谷久虎監督の作品を代表作とすべく、何度も主演しているのですが、原さんの期待に反して、熊谷監督の映画は、いずれも集客、評価ともに低いものでした。

自己評価と他者からの評価に「ズレ」があるのは当たり前のこととはいえ、原節子さんの場合には、それがずっと長く続いていたのです。

自分が演じたい女性像と、女優として求められる役割が、ずっと解離したまま、原さんは小津作品に出演していました。

この本には、小津監督も、「同じような作品ばかり求められること」に不満を抱いていたのではないか、という証言も出てきます。

原さんは、昭和37年の『忠臣蔵』を最後に、映画界から引退します。
その後は、女優時代に買った土地もあり、義兄夫妻の家の敷地内の物置小屋を改装して、つつましく生活していたのです。

外出する時はマスクをすることが多かった。近所に煙草を買いに行き、鎌倉駅のそばまで化粧品を買いに行く。時には銀座まで出掛け、海にも行った。

仕事をやめたら海の傍で暮らしたいと、かつて語ったことがある。残念ながら鎌倉の家から海は見えなかったが、足を運んで材木座海岸までひとりで泳ぎに行くこともあった。車を自分で運転して、少し離れたところで買い物をし、海沿いを走って帰ってくる。そんな日常を楽しんでいた。

とはいえ、大半の時間は家のなかで過ごした。映画女優になってからというもの、一歩外に出ればじろじろと見られた。それが嫌でならなかった。だから女優時代から家や部屋にこもる習慣がつき、それが少しも苦痛ではないのだった。

読書をし、時おりレコードを聴く、庭の草木を手入れし、家事をする。同じ敷地内には、姉と義兄、甥がいて少しも寂しくはない。

それでも初めのうちは、友人たちを招いて麻雀や食事をすることも稀にはあった。だが、それが活字になることもあり、人と会うことをより避けるようになった。会わずに電話で話すようになり、そして、電話にも出ない相手が増えていった。

原さんは「老いた自分の姿を見られたくない」というよりも、「人に見られることに疲れ果ててしまって」隠棲したように思われます。

原さんほどの大女優でも、こうしてみると、ままならない、思うようにいかないことばかりだったのですよね。
当時の映画界の「異分子」だからこそ、原節子という人の存在感は圧倒的なものになった、とも言えるのでしょう。

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