- 2019年04月15日 21:39
映画版『奥田民生になりたいボーイ(以下略)』を観て自分の中の「奥田民生になりたいボーイ」が愛おしくなった話
2/2■ファム・ファタール=水原希子がエロくてかわいい!
原作との一番の違いはここかもしれない。ヒロイン=水原希子がめちゃくちゃかわいいし、エロいのだ。大根監督といえば、良くも悪くも女性を魅惑的な「対象」として描くのに秀でた作家である(もちろん例外作品もあるぞ)。本作では、水原が演じる「出会った男すべて狂わせるガール」=ファム・ファタールがその集大成と言えるキャラクターだ。
正直なところ、ファム・ファタールは、渋谷さんの絵のタッチでは限界のあるキャラクター描写だが、この映画での水原希子は申し分なし。失礼な話だが、こんなにかわいい子だったのか! とびっくりした。このキャラクターに必要不可欠なかわいい、そしてエロい! をカンペキに体現している。「これならハマっちまうのも分かる」という存在だ。
■ 新井浩文のガチ感!
「今っぽさ」といえば新井浩文である。もともと強面ではあるが、この映画では一見優しそうなふりをして、突然に激昂する姿がめっちゃくちゃ怖い。かと思うと一転、即座にネコなで声で許しを請う姿も逆に怖い! どっちにしろ怖い! そしてあの事件があったからさらに怖い! その怖さは、公開当時に観た観客には味わえなかった、今観た観客だけが味わえる特権的な怖さだ。
■ 自分の中の「奥田民生になりたいボーイ」が愛おしくなる!
映画は原作の大枠をなぞりながら、結論の部分がひと味ちがう。
主人公は騒動の3年後、「奥田民生になりたいボーイ」としてのアイデンティティを捨て、おしゃれ編集者として大成する。彼はいつしか、自分がなりたいものになろうとするのでなく、相手が自分に対して受ける印象を変えるという戦略で成功したのだ。そこには、「奥田民生になりたい」というかつてあった強烈なエネルギーはどこにもない。
そんな彼が、かつて行きつけだった立ち食いそば店で、かつての自分の幻をみる。そう、「奥田民生になりたいボーイ」だったあの頃の…。
ここまで、映画は原作をほぼ忠実になぞっている。ひと味違うのはここからだ。
あくまで個人の“解釈”だが、原作では「奥田民生になりたいボーイ」だった自分を眺め、今の自分に悲嘆に暮れるというところで終わる。一方、映画版では、立ち食いそばをかき込むかつての「奥田民生になりたいボーイ」だった主人公の描写が、もっとずっと優しい手触りなのだ。そこには、「『奥田民生になりたいボーイ』だった自分も愛してやろうよ」という優しいメッセージがあるように感じ取れる。
ワナビーはナンセンスで、かっこ悪い。けれどそうであった過去の自分を、もうそろそろ許してやってもいいんじゃないか。そんな、過去の自分に対してのやさしい気持ちになれる映画なのである。
奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール 完全版
作者: 渋谷直角
出版社/メーカー: 扶桑社
発売日: 2017/06/30
メディア: 単行本(ソフトカバー)
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