記事

書評:『「影の総理」と呼ばれた男 野中広務 権力闘争の論理』菊池正史著 〜 戦後自民党保守政治の終焉

1/2

野中広務さんという方は、現役時代には自民党の「影の総理」と呼ばれ、旧弊な密室政治の象徴という印象がありましたが、引退後はかなり彼に対する見方が変わりました。

その一つのきっかけとなったのがこちらの本。 

ちょうど10年前に発行された韓国籍の辛淑玉さんと非差別部落出身の野中さんの対談本です。差別される側の人間としての野中さんの肉声は胸に迫るものがありました。

本書でもまだ政治家になる前、旧国鉄時代に受けた差別のことが書かれていて、その経験が野中氏が政治家を目指す大きな原動力の一つとなったことが指摘されています。

もう一つ、私の野中観を変えたのはやはり彼が2003年に小泉元総理大臣との政争に敗れ、政治家を引退してからの小泉政権に対する糾弾の姿勢です。彼は徹底して小泉元総理のふりかざす数の論理に抵抗し、議論の必要性を訴えました。

しかし、当然ではありますが世論を味方につけて多数の小選挙区を掌握した圧倒的な小泉元総理の前では野中氏の訴えは負け犬の遠吠えにしか聞こえず、彼が理想とした多様な思想信条の持主が混在する雑居世帯としての自民党は「ぶっ壊された」まま現在まで復活することはありませんでした。

その意味で本書は、野中氏をキーに戦後から現在に至るまでの自民党保守派の変遷を描いた自民党史でもあると言えると思いますし、著者の意図もそこにあった気がします。

本書では、野中氏も深く関わった自民党の転換点をいくつか詳細に描写しています。

1.田中角栄の失脚と「経世会」合議制政治の始まり

戦後「エリートは間違うから、強烈なリーダーシップをもつエリートに政治を任せてはいけない」という信念のもと、戦争体験をもつ野中らが参集したのが田中派であり、岸元総理や中曽根元総理などの戦中エリートたちは、国民の声もありどうしてもこの牙城を崩せなかった、という経緯が語られた後、戦中戦後もその図太さと繊細な気配りで生き抜いた、田中角栄という希代の政治家についての人間的な魅力についてもかなりのページを割いています。

しかし、ロッキード事件で田中が失脚。新しく派閥を立ち上げる竹下と金丸に50代後半にして衆院に初当選したばかりの野中が合流。自民党の世代交代の流れに乗り、竹下派「経世会」を中心に盤石な自民党合議政治が始まります。

2.小沢一郎の離反と数の論理の台頭

しかし、上記のような多様な政治的信条や意見の違いをもつ政治家の合議政治の弊害として、物事を「決められない」政治へのジレンマが描かれます。

調整重視の「和の政治」では、たしかにリーダーの理念や理想は妥協を余儀なくされる場合もある。根回しもあれば、かけひき、取引もある。カネが動くことだってあっただろう。それでも、一部のエリートが独善的に暴走すること、狂信的に理念に執着することの方がはるかに危険なのだ -- これは貴重な戦争の教訓だった。この教訓は、野中に至る保守本流の遺伝子に組み込まれて継承されてきた。

「決められない政治」への苛立ちに油を注ぐように世論の怒りを煽ったのがリクルート事件。これをきっかけに竹下元首相が辞職し、台頭してくるのが田中角栄の秘蔵っ子と言われた小沢一郎。

与党自民党最大派閥のプリンスならではの駆け引きや金の扱いの熟練した手管に加え、「積極的平和主義」を唱えて自衛隊の海外派遣を推進し、アメリカとの日米構造協議でも交渉役となって市場開放を推進。そして小沢の最大の政治的成果は「一票でも多くとれた方が勝ち」となる小選挙区制の導入でした。

私も当時のことはよく覚えていますが、「金権政治の根源は選挙に莫大な金がかかる中選挙区制にある」という論調が大半で、小選挙区になれば派閥のドンから配られる大きな金を必要としないクリーンな選挙ができる、とマスコミで喧伝されていました。

しかしその結果どうなったかというと、以前の中選挙区なら仮に党から公認を受けなくても2位、3位で当選できていた保守系候補が議席を確保できなくなり、小泉内閣が行ったように「刺客」を送られて落選したり、安倍内閣が行っているように公認を得るために党内で反対意見を述べられなくなってしまうという土壌が醸成されたわけです。

金権政治問題では竹下のみならず金丸も辞職。小沢一派は自民党を離党。小沢は「改革派vs.守旧派」というわかり易い対立構造をメディアに喧伝し、国民はこれに熱狂していきます。その結果として小沢は自民党を離党して日本新党を立ち上げ。「非自民勢力」をまとめあげ1993年に細川内閣が成立。発足直後は7割前後の高い支持率を誇りました。

下野した自民党では野中が小沢批判を展開し、公明党攻撃を端緒に徹底的にこの新政権と闘います。

あわせて読みたい

「野中広務」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    なぜ「上級国民」を逮捕しないか

    深澤諭史

  2. 2

    池袋被疑者のさん付け報道に怒り

    木走正水(きばしりまさみず)

  3. 3

    「暇」は会社の拘束時間が生む

    Yamada_nt

  4. 4

    セブン騒動でコンビニ崩壊危機も

    大関暁夫

  5. 5

    木嶋佳苗は魔性 新潮社員が吐露

    キャリコネニュース

  6. 6

    池袋事故 SNSの削除は罪証隠滅か

    深澤諭史

  7. 7

    10連休混雑は? 渋滞予報士ズバリ

    BLOGOS編集部

  8. 8

    田原総一朗氏「元号必要なのか」

    田原総一朗

  9. 9

    N国党が躍進 NHK民営化は可能か

    諌山裕

  10. 10

    現金不可の楽天球場に売り子不満

    PRESIDENT Online

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。