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私が東大入学式で祝辞を述べるなら

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前回の投稿から半年もの時間が経ってしまったのは、書きたいことがなかったからではなく、今年度から学部長(と日本語でいうとずいぶんエライように聞こえますが、日本の大学でいえば学部長というより学科長に近いのかもしれません)を務めていて、泣きたくなるほど事務作業や会議が多い毎日を送っているからです。この役についているおかげで、アメリカの州立大学運営の現状を、もう知りたくないほど知ってしまいましたが、それについてはまたいずれ…

ところで、先日の東京大学の入学式での上野千鶴子による祝辞。あの舞台であの人があの内容を話したということは、とても意義深いことだと思います。一生懸命勉強して東大に入学して晴れ晴れとした気分でいる新入生の中には、あの話を聞いて冷水を浴びさせられたような気持ちになった人も多いでしょう。「祝ってくれよ」という一言のツイッターもありました。これは、多くの新入生の正直な気持ちだったのではないかと思います。

でもそこで、なぜ自分たちが東京大学に入学することが祝福に値するのか、誰が何を祝福しているのか、自分たちが祝福されるのであれば、祝福された自分たちはこれから何をなすべきなのか、といったことを、合格の興奮からそろそろ冷めた新入生たちに、冷静に考えることを促す、というのは大事なことだと思います。

そして、東大そして日本社会におけるジェンダーの問題、機会の不均等や構造的不平等の問題を、こうして正面から提示し、祝辞の最後の三段落のメッセージが伝えられたということは、とても重要なことだと思います。

この祝辞に対するさまざまな反応を見ると、上野氏のメッセージをきちんと捉えていないい、あるいは捉えようとしない姿勢、フェミニズムに対する理解の欠如や反感の根深さ、東大生の意識的・無意識的エンタイトルメントなどを目の当たりにし、暗澹たる気持ちになるのですが、評価する声もあちこちにあるようですし、とにもかくにもこの祝辞の意義は大きいと思います。

さて、もし自分が東大の入学式で祝辞を述べるとしたら、何を言うだろうか、と考えてみました。泣きたくなるほどの事務作業に追われているなか、今自分が少しの時間でもあればなすべきことは、研究であって、誰にも頼まれていない祝辞を試しに書いてみることではないのですが、書いてしまったので、以下公開します。

***********

 みなさん、ご入学おめでとうございます。

 みなさんが生まれるずっと前のことですが、私も東京大学の入学式に出席しました。ですから、みなさんが今抱いている、晴れ晴れとした気持ちや、明るい前途への期待、新しい世界に足を踏み入れる興奮や緊張は、私も経験しています。自分が送った大学生活についての反省と、その後に学んだことをもとに、みなさんへの激励として、いくつかの希望とアドバイスを述べさせていただきます。

 まず第一に、携帯電話をしまって、私の挨拶が終わるまで顔を上げてこちらを見ながら聞いてください。

 ツイッターその他のSNSが悪いと言うつもりはありません。即時性があり開かれた媒体だからこそ、ダイナミックでレレバントな言論公共領域が形成されるということは評価していますし、私自身そうしたツールを使ってもいます。式が終わってこの会場を出たら、ツイッターでもインスタでもFBでもなんでも、好きなだけ発信していただいて結構です。この祝辞は生中継されていますから、会場の外でさまざまなツイートをしている人はたくさんいるでしょうし、この文面は公開されますから、後から読み直していくらでもコメントしていただいて結構です。

 でも、今みなさんは、式典という儀式に参加し、そこで私は、祝辞という形のスピーチをしています。そこには、生の人間が時間と空間を共有する具体的な相手に向かって語りかける、という営みがあります。音楽や演劇と同じように、スピーチは全体としてひとつのメッセージを発するものであり、それを私なりの方法でみなさんに伝えるために、みなさんの前に身体を出し、言葉を使っているのです。数分間で終わりますから、とにもかくにもその間は、それを受け止めるにすべての神経を投入してください。それが礼儀というものですし、そのほうが、後で文句をつけるにしても、より立派な文句がつけられます。

 そうやって、人の話をリスペクトをもって聞き(あるいは読み)、意図を正確に把握し、真剣に考えた上で、共感あるいは反論などのコメントを、明快に論理立てて述べる、という作業は、社会生活の基本であり、言葉という人間固有の財産を大切にする行為でもあります。それは、人との関係を築く上でも、理解力や発信力を培う上でも、重要なことです。聞く、話す、読む、書く、のすべてにおいて、そうした高度な言語能力を身につけてほしいと思います。

 第二に、みなさんの周りに座っている同級生たちの顔ぶれを見回してください。また、この舞台に座っている先生がたの顔ぶれを見渡してみてください。

 パッと見てわかるように、そして多くのみなさんが報道などですでに知っているように、みなさんの同級生は、八割以上が男性です。みなさんの過半数が、首都圏をはじめとする都市部の進学校から来ています。みなさんのほとんどが、日本の国籍をもっています。みなさんがこれから師事することになる教員にいたっては、九割以上が男性で、そのほとんどが、みなさんと同じ東京大学で学部生活を送り、同じ東京大学で学位をとった日本人の先生がたたちです。

 これにはいろいろな理由が考えられ、深い議論や分析をすべき問題ですが、この舞台はそのための場ではありません。ただ今は、これが相当に異様な状況である、ということを指摘するにとどめます。

 みなさんは、私の話を聞きながらこの数分間はこの状況について考えても、そして、会場を出てすぐにツイッターその他でコメントを書いても、いったん大学生活が始まってしまえば、じきにそうした環境が当たり前になって、それが異様なこととも不思議なこととも思わなくなってしまう人が多いのではないでしょうか。

 当たり前と思われていることが、本当に当たり前なのか、なぜそれが当たり前になったのか、当たり前でないとすれば他のどんな可能性があるのか。そうした批判的思考と探究心を、みなさんに持ち続けてほしいと思います。そうした批判や探求の対象とすべきものは、宇宙にも細胞にも聖典にも音楽にも法律にもありますが、大学という場所の中にも、そしてみなさんの意識や感情の中にもあります。そうやって自分や自分の生きる社会や文化を相対化することで、自分にとっても他の人々にとってもよりよい世界が思い描けるのです。

 みなさんの中には、「受験という公平な制度のなか、自分は能力と努力で競争を勝ち抜いて、今この場にいる」と思っている人が多いだろうと思います。私も、入学式に出席した頃には、そう思っていました。

 じっさい、みなさんが受験した入学試験を、できる限り実質的な知力を試す内容と形式にし、公正かつ公平な方式で実施するよう、この大学の先生がたが非常に多くの時間や知恵や体力を投入してきていたことを、私は知っています。試験問題を見ても、これを作った先生がたはさすがだなあと思う同時に、これに答えたみなさんはすごいなあと感心します。

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