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- 2012年04月17日 23:21
電気が足りなくなっても政治家は困らないから
さて、先日の報道によれば大飯原発の再稼働は妥当との判断が下されたようですが、この先はどうなるのでしょうか。言うことなすことが二転三転するのは民主党の常で、そうした点では自民党以上に信用できないところがありますし、枝野に至っては虚言癖が疑われるレベルです。今後の風向きでは「やっぱりダメ」と言い出して現場を大いに混乱させるような展開も決して考えられないことではありません。原発停止で電力不足、それがどんな事態を招こうとも政治家としては電力会社に責任を押しつければ済む話と、軽く考えられているんじゃないかと思えるフシもありますし……
原発稼働のリスクがことさらに強調される一方で、原発を停止したまま夏を迎えることのリスクは十分に検討されているとは言いがたいのが実情です。元より脱原発に伴うコストを負担する気がない国民のことを思えば(参考)、脱原発も何もあったものではないと言いたくもなります。原発稼働に関しては最悪のシナリオを想定せよと叫びながら、電力需給に関しては呆れ返るばかりの楽観論に基づいて「電気は足りている」と豪語する、こうした世間の風潮に政治が流されるとなると、大規模停電などの危険は相応に高まってもくることでしょう。そうでなくとも、昨年の夏を乗り切るためにどれだけの「無理」が重ねられたことかを我々は直視すべきです。
東京電力管内の場合ですが、昨年の夏、大口利用者の電力需要(ピーク時)は29%、小口は19%それぞれ減ったものの、家庭は6%減にとどまったそうです。「節電すれば大丈夫」と豪語しつつも、実際は節電ごっこに励むだけの家庭レベルでは何もできていなかった一方で、大口利用者が相当な無理をしたであろうことが窺われます。もっとも、その気になれば30%近くの節電が可能であったにも関わらず、電気を節約するよりも人減らしの方に励む企業が今まで目立ったことは無視できませんね。専ら企業にとって負担と思われてきたのは、電気代ではなく従業員に支給する給料だったと言うことですから。
なにはともあれ、大口利用者はピーク時の使用電力を大幅に削減しました。景気の低迷も影響したことでしょうけれど、単に「シフトさせた」部分も少なくありません。つまり、電気を大量に使う工場の操業を、平日の昼間から土日や夜間に移したわけです。これはピーク時の電力消費を抑えるには単純かつ確実で効果も大きいものですけれど、必然的に工場で働く人やその取引先の勤務時間をもシフトさせることになります。今までは平日の昼間に働いていた人を、電力不足に対処させるべく土日や夜間に働かせる――こうした労働者の犠牲の上で、昨年の夏の電力需給は保たれてきました。これを今年以降もまた、繰り返そうというのでしょうか? 経営者と消費者のことしか考えないのが日本の世論なのかも知れませんけれど、労働者の犠牲の上に成り立つ節電なんて私は御免です。むしろ、工場の稼働時間即ち従業員の働く時間をシフトさせなくても済むよう潤沢な電力供給を約束してくれる政治家の方をこそ支持したいです。
昨年の5月の段階では石巻市の亀山紘市長(共産党系の候補です)が「安全対策をした上で再開する方向で考える必要がある」と女川原発再稼働を認める趣旨の発言をしていましたし、折悪しくも震災直後に行われた全国各地の選挙でも、報道側から「原発推進(容認)派」と、たぶん正しくはないのでしょうけれどレッテルを貼られた候補の当選が相次ぎました。震災と原発事故から2ヶ月くらいまでは、まだまだ「早く元に戻ろう、戻そう」という雰囲気も強かったように思います。それが徐々に放射能の脅威を煽るデマ報道や事故を好機とばかりに盛り上がる反原発論に押され、今や被災地のガレキ受け入れさえ反対が出る始末、すっかり迷走の度合いを深めてしまったのではないでしょうか。
再稼働に反対する人の中には「中長期のエネルギー政策をどうするかという議論が具体的に進んでいない」みたいなことを言う人もいるようですけれど、物事の順序が完全に逆です。中長期的な計画の前に、まず目先の問題に対処するのが当然でしょう。直面している危機を乗り切って初めて、将来のことを考える余裕も見えてくるものなのですが、自分の生活に不安のない人の強者目線では、そうもならないのかも知れません。一口に脱原発と言っても、電力不足によるリスクを負わされる度合いは人によって異なります。自分が平気だからといって、他人も平気だとは限らないものなのですが、そういう想像力を欠いた人が威勢良く振る舞っている、それに政治家が媚びる時代なのでしょうか。政治家にしても、上述の通り電力不足で大規模停電が起こるなど深刻な事態を招いたところで、電力会社を非難して済ませば良いみたいなお気楽なポジションですしね。
橋下市長「政権を倒すべきだ」 再稼働妥当の判断に激怒(朝日新聞)で、無責任な政治家の象徴とも言える人物がこのように宣うわけです。私にしてみれば、あんなプロセスで(浜岡原発停止を)許した結果が今の惨状に繋がっているのではないかと言いたくもなるところですが、ともあれ橋下は威勢良く反原発を掲げています。まぁ「脱原発が第一」な人にとっては橋下がベストな選択なのかも知れませんね。多少なりとも責任感のある政治家なら、原発停止が招く「結果」だって無視はできないはずですけれど、橋下ならばそんなことは全く気にしないでしょうから。冒頭で述べたように、今の世論なら何が起ころうとも電力会社のせいにすることは簡単です。そして何が起こっても「それもこれも電力会社が悪い」という方向に話を進めることさえできれば政治家の地位は安泰です。むしろ原発再稼働を認めて有権者の反発を買う方が政治家にはリスキーでしょう。だからこそ、社会に責任を負うよりも自らの名誉を守ることを優先する橋下みたいなタイプは最も脱原発に近いと言えます。
大阪市の橋下徹市長は13日夜、野田政権が大飯原発の再稼働は妥当と判断したことについて、「本当におかしい。こんな民主党政権に統治は任せられない。政権を代わってもらわないと。このプロセスで(再稼働を)許したら、日本は本当に怖いことになる」などと述べ、痛烈に批判した。
橋下氏が率いる大阪維新の会として政権をめざすかとの問いには、「維新の会としては機関決定が必要。一有権者として民主党政権にノーだ」としつつも、「次の選挙では絶対(再稼働)反対でいきたい」と、次期総選挙で争点化する考えを示唆した。
橋下氏は今月、大阪府の松井一郎知事とともに、電力会社に対し原発100キロ圏内の府県と立地自治体並みの安全協定を結ぶことなどを求め、再稼働の8条件を公表。同時に、関西電力の筆頭株主として、脱原発に向けた株主提案もまとめていた。
原発稼働のリスクがことさらに強調される一方で、原発を停止したまま夏を迎えることのリスクは十分に検討されているとは言いがたいのが実情です。元より脱原発に伴うコストを負担する気がない国民のことを思えば(参考)、脱原発も何もあったものではないと言いたくもなります。原発稼働に関しては最悪のシナリオを想定せよと叫びながら、電力需給に関しては呆れ返るばかりの楽観論に基づいて「電気は足りている」と豪語する、こうした世間の風潮に政治が流されるとなると、大規模停電などの危険は相応に高まってもくることでしょう。そうでなくとも、昨年の夏を乗り切るためにどれだけの「無理」が重ねられたことかを我々は直視すべきです。
東京電力管内の場合ですが、昨年の夏、大口利用者の電力需要(ピーク時)は29%、小口は19%それぞれ減ったものの、家庭は6%減にとどまったそうです。「節電すれば大丈夫」と豪語しつつも、実際は節電ごっこに励むだけの家庭レベルでは何もできていなかった一方で、大口利用者が相当な無理をしたであろうことが窺われます。もっとも、その気になれば30%近くの節電が可能であったにも関わらず、電気を節約するよりも人減らしの方に励む企業が今まで目立ったことは無視できませんね。専ら企業にとって負担と思われてきたのは、電気代ではなく従業員に支給する給料だったと言うことですから。
なにはともあれ、大口利用者はピーク時の使用電力を大幅に削減しました。景気の低迷も影響したことでしょうけれど、単に「シフトさせた」部分も少なくありません。つまり、電気を大量に使う工場の操業を、平日の昼間から土日や夜間に移したわけです。これはピーク時の電力消費を抑えるには単純かつ確実で効果も大きいものですけれど、必然的に工場で働く人やその取引先の勤務時間をもシフトさせることになります。今までは平日の昼間に働いていた人を、電力不足に対処させるべく土日や夜間に働かせる――こうした労働者の犠牲の上で、昨年の夏の電力需給は保たれてきました。これを今年以降もまた、繰り返そうというのでしょうか? 経営者と消費者のことしか考えないのが日本の世論なのかも知れませんけれど、労働者の犠牲の上に成り立つ節電なんて私は御免です。むしろ、工場の稼働時間即ち従業員の働く時間をシフトさせなくても済むよう潤沢な電力供給を約束してくれる政治家の方をこそ支持したいです。
昨年の5月の段階では石巻市の亀山紘市長(共産党系の候補です)が「安全対策をした上で再開する方向で考える必要がある」と女川原発再稼働を認める趣旨の発言をしていましたし、折悪しくも震災直後に行われた全国各地の選挙でも、報道側から「原発推進(容認)派」と、たぶん正しくはないのでしょうけれどレッテルを貼られた候補の当選が相次ぎました。震災と原発事故から2ヶ月くらいまでは、まだまだ「早く元に戻ろう、戻そう」という雰囲気も強かったように思います。それが徐々に放射能の脅威を煽るデマ報道や事故を好機とばかりに盛り上がる反原発論に押され、今や被災地のガレキ受け入れさえ反対が出る始末、すっかり迷走の度合いを深めてしまったのではないでしょうか。
再稼働に反対する人の中には「中長期のエネルギー政策をどうするかという議論が具体的に進んでいない」みたいなことを言う人もいるようですけれど、物事の順序が完全に逆です。中長期的な計画の前に、まず目先の問題に対処するのが当然でしょう。直面している危機を乗り切って初めて、将来のことを考える余裕も見えてくるものなのですが、自分の生活に不安のない人の強者目線では、そうもならないのかも知れません。一口に脱原発と言っても、電力不足によるリスクを負わされる度合いは人によって異なります。自分が平気だからといって、他人も平気だとは限らないものなのですが、そういう想像力を欠いた人が威勢良く振る舞っている、それに政治家が媚びる時代なのでしょうか。政治家にしても、上述の通り電力不足で大規模停電が起こるなど深刻な事態を招いたところで、電力会社を非難して済ませば良いみたいなお気楽なポジションですしね。



