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コカイン生産者の生活に密着 コカイン世界最大生産地コロンビアの現場から① - 柴田大輔 (フォトジャーナリスト)

「この土地は、とてもとても貧しい所でした」

コカインの原料である「コカの葉」を栽培するオスカルが、こう語る。

彼が暮らすのは、コロンビア南西部のナリーニョ県。現在コロンビアは、コカイン生産量とその原料であるコカの葉の栽培面積が世界一となっている。その中でナリーニョは、国全体の27パーセントに及ぶ最も多くのコカ栽培地が集中する場所だ。

コカインは高額で取引されることから「セレブのドラッグ」とも言われる。その陰で、世界で最も多くのコカを作る場所では一体どのような人々が、どのような生活をしているのだろう。

畑に建てた小屋や自宅で収穫したコカの葉を精製する(筆者撮影、以下同)

コカ栽培農家を訪ねる

ここは標高約1000メートルの山岳地帯。熱帯に位置し、鬱蒼(うっそう)とした木々が山肌を覆っている。私は地元の男性・オスカルの案内で、彼のコカ畑を訪ねた。彼のあとをついて山道を歩いていくと、小川の先に、鮮やかな緑色の葉を持つコカの木々が目に入る。山を切り開いた1ヘクタールほどの土地に等間隔でびっしり植えられたコカの木が吹く風に揺らされさざ波のような葉音を立てている。

私がオスカルと出会ったのは2013年。当時、コロンビアでは反政府ゲリラFARCと政府間の半世紀を超える争いが激しく続いていた。オスカルが暮らしていたのはFARCの影響下にある地域で、私はそこへ取材に訪れていた。

オスカルは現在38歳、小学生と中学生に当たる二人の子どもと妻の4人で暮らしている。主な収入源はコカだ。そのほかに芋やバナナ、豆類などを自家消費用に栽培している。この地域に暮らす大部分の人が、彼同様、コカ栽培で生計を立てている。

この地域にコカ栽培が広まったのは2000年ごろ。他県にコカの収穫へ出稼ぎに行っていた人々が苗木を持ち帰ったのが始まりだと言われている。彼もその時期にコカ栽培を始めた。コカが来る以前の生活をこう振り返る。

「本当に貧しい生活で、服や靴を買うこともままなりませんでした。栄養失調になる子どもがいたくらいです。コカ栽培を始めて少し貧しさが和らぎました。ここには他に仕事はありません。コカがなくなれば、私たちの生活は以前のような貧しい時代に戻ってしまいます」

以前は、豚や牛などの家畜を育て売ることや、時折ある建設現場の仕事についたが、建設現場は一時的なものであり、どちらも大きな収入にはならなかった。また、歴史的に政府の関与が極めて薄い地域でもある。それに対する不満は住民に根強い。彼はこう語る。

「ここには、車が通ることができる道路は全くありませんでした。今ある道路で政府が作ったものはほとんどありません。住民がコカで得たお金を出し合って作ったのです」

住民の力で作った車が入れる道路がわずかに伸びては来たが、大部分の場所には未だ行き渡っていない。建設計画はあるものの、毎回汚職のために予算は消えてしまい、建設が進まずに工期を終えていくのだという。また、山には満足な医療機関もないため、怪我や病気の際は病院がある町にでなければならない。自分で歩けない場合は、住民が竹を切って作った担架で車道まで何時間もかけて運ばざるを得ない。手術が必要な場合、最寄りの診療所からさらに車で4時間ほどの移動が必要になる。

車道がない山間部では、歩けないほどの怪我や病気をした人を人力で麓まで運んで行く

「山間部の重篤患者の9割が命を落としている」と、診療所で働く職員が話す。

「我々は政府に忘れ去れているんです。ここには何もない。悲しい事ですが、政府は私たちを助けてくれやしません」オスカルの言葉に悔しさがにじむ。

コカ栽培でやっと買えたテレビ、冷蔵庫、ガスコロン

彼は約1ヘクタールの農地でコカを栽培している。3カ月に一度のペースで収穫するコカの葉は、農地にある小屋でペースト状に加工する。そうすることで、葉の状態で売るよりも販売価格が格段に上がるのだ。加工後はボール状にまとめて町に住む仲買人に売り渡す。バッグに入る大きさになるため持ち運びに手間がかからない。この「運びやすさ」は、大型輸送手段を持たない山の人々にとって大きな魅力の一つでもある。

コカの葉を収穫後に精製し加工する。一回の収穫でこのボールひとつ分になる

コカはどの程度の稼ぎになるのか。内訳を見ていきたい。金額は2018年6月時点のものとする。

オスカルが一度の収穫で得られる葉を加工したペーストの販売価格は25万円前後。そこから収穫を手伝う人への人件費、加工に必要な薬品代を差し引くと、彼の手元におよそ13万円が残る。これを3で割って1カ月あたりにすると、4万数千円ほどになる。コロンビアの最低賃金が3万円ほどであることを考えると、得られる収入の規模がわかる。ただ、彼の土地は栽培に適した環境が整っているため収量は多いが、最低賃金に届かない農家も多いということを付け加えたい。

以前は難しかった額の現金収入をコカによって得たことで、生活は大きく変化した。

「私はコカを作ることで、ようやく『人並み』の生活を手に入れることができたんです」

オスカルはそう言葉に力を込める。彼の家には、テレビ、冷蔵庫、ガズコンロなど、町で暮らす人々が「普通」に手にするものが並んでいる。またこの収入で子どもの学校に必要なものを買い、怪我や病気をすれば病院にも行く。かつては持つことができなかった「人並み」で「普通」の生活を、コカによって手にすることができたのだ。

コカ栽培による苦悩

コカは古来より、アンデス山脈に暮らす先住民の間で儀式の中や薬草として暮らしの中で使われてきた南米原産の植物だ。それは今も変わらない。一方で、現在はコカインの原料としての栽培がそれ以上に広がっている。ラテンアメリカの開発問題を研究する千代勇一帝京大学講師はその過程を『コロンビア農民の生存戦略――コカ栽培が人々の生活にもたらしたもの』(SYNODOS)でこう述べている。

「1980年代の米国では、それまで流行していたマリファナに代わる麻薬としてコカインがブームとなったが、このビジネスを取り仕切ったのがコロンビアの麻薬組織であった。巨大なカルテルに成長したコロンビアの麻薬組織は、先住民が多く伝統的にコカが栽培されてきたペルーとボリビアからコカあるいは一次精製物質のコカ・ペーストを手に入れ、コロンビアでコカインに精製して欧米などへ密輸をしていた。

麻薬問題が深刻化していた米国は、1980年代末の冷戦終結を機に麻薬対策に本腰を入れ、ペルーとボリビアに対してはコカインの原料をコロンビアに空輸するルートの遮断を支援し、コロンビアに対しては麻薬カルテルの壊滅に協力した。この結果、コロンビアでは90年代後半になると、それまで麻薬ビジネスの警護をしていた左翼ゲリラがカルテルに代わってこれを取り仕切るようになり、また、ペルーとボリビアから調達できなくなったコカがコロンビアで栽培されるようになっていったのである」

こうしたことから、コカ栽培を通して住民が武装組織と関係をもち、彼らの対立に巻き込まれていくことになる。オスカルが暮らす場所も、同様だった。

「私の父はゲリラの一員だと思われ、軍に殺されてしまったし、義理の兄弟はゲリラに殺されました。周囲の大多数の人も家族の誰かが犠牲になりました。ここの住民で犠牲者のいない家族はいません」

コカは、人々に目に見える「豊かさ」をもたらす一方で、死と隣り合わせの日常へと暮らしを変化させた。しかし、彼はコカを手放すことができない。政府は、補助金を伴う合法作物への代替えを推し進めているが、オスカルは「今の段階で、私は代替え政策を受け入れることはできない」と話すのだった。なぜだろう。

「他の作物を作ったとしても、それを売るための市場がここにはないのです。ここは水も土地も豊かで、様々な作物を豊かに作ることができます。しかし、ここには売る先がありません。誰も買い取ってくれなければ1ヘクタールのバナナ畑を持っていても意味がありません。そして、そもそも、大量の生産物を出荷するための交通手段がありません」

コカの収穫で手にしたお金で買い物に。子どもへのプレゼントも忘れない

現段階ではコカを作り続ける以外に、自力で生活手段を見つけることは難しいのが現状なのだった。オスカルは将来についてこう話す。

「私は、子どもたちにコカと関わることがないよう教育をしたいのです。2人の子どもたちには、違法なコカ栽培はしてほしくありません。政府が言うように、合法的な職業に就かせたいのです。人生には、たくさんの選択肢があるのですから」

2017年、コロンビアのコカ栽培面積は過去最高の17万1000ヘクタールを記録した。政府は対策として兵士による手作業による除去の他に、過去、環境や健康への恐れから中止していた農薬グリフォサート散布による除去作業を試験的に再開した。コカ栽培地に暮らす住民の生活環境が改められないまま、コカのみが取り去られようとしている。

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