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『ロケット・ササキ』外伝(2)「MOS-LSI電卓」を作った「吉田幸弘」 - 大西康之

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3日3晩徹夜の配線作業

 佐々木は「MOSで電卓を作る」と言ったが、半導体メーカーではないシャープは、自社でMOSを作れない。吉田の最初の仕事は、実際にMOSを作ってくれるメーカーを探すことだった。

 当時、日本の半導体メーカーは米国の半導体メーカー・フェアチャイルドなどからバイポーラICの作り方を習い、ようやく国産ICを量産できるレベルに到達したところだった。そのため、開発と設備の投資は全てバイポーラICに向けられていた。だが、会社の方針に逆らい「異端児」と言われながら頑固にMOSの生産に取り組んでいる技術者を吉田は見つけた。日立製作所武蔵工場の生産技術部にいた大野稔である。

 大野はバイポーラ全盛の時代に逆らうように、MOSFET(金属酸化膜電界効果トランジスタ)の研究に没頭していた。

 「構造が簡単で動作原理が単純だから、絶対に将来性がある」

 大野のMOSに対する考え方は吉田に近いものがあった。吉田は大野が作った試作レベルのMOS-LSIを売ってもらい、大阪に持ち帰って電卓の基盤を作った。吉田は大野が作るMOSを半ば冗談、半ば敬意を込めて、「ミノル・オオノ・セミコンダクターのMOS」と呼んでいたが、後にMOSが日の目を浴びるようになると、これを本気で信じる者までいた。

 全ては手作業である。50センチ四方の基板の上に400個のMOS-LSIを並べる。そのボードを10枚繋ぐと、理論上は計算機としての役割を果たすはずだ。ただし、計4000個のMOS-LSIの中に1個でも不良品があったり、回路の接続に1カ所でもミスがあったりすれば動かない。

 吉田は研究所に泊まり込み、配線作業を続けた。真夜中に尿意を覚え、トイレに行こうと席を立った。意識はトイレの方向に向かうのだが、足は逆方向に動いた。

 (あかん、頭と体がバラバラや)

 気の遠くなるような作業を3日3晩徹夜して続け、ついに吉田は4000個のMOS-LSIの配線を終えた。

 動かなければ最初からやり直しである。震える指で電源を入れると、ブラウン管のディスプレーに数字が浮かび、電卓は正常に動いた。

 (さすが大野さんのMOSや)

 吉田は大野が作った4000個のMOS-LSIに1つも不良品がなかったことに感動した。その4000個を理論通りに配線した自分の偉業には気づいていなかった。

吹き飛ばされたロックウェルの不信

 吉田が作った電卓の試作機を見て驚いたのが、佐々木がMOS-LSIの量産を依頼していた米ロックウェルだ。アポロ宇宙船の司令船を作っていたロックウェルは、軍需向けにMOS-LSIを作っていた。軍需なら歩留まりの悪さは問題ではない。不良品にかかったコストを製品に上乗せすれば、米航空宇宙局(NASA)はその値段で買ってくれたからだ。ソ連との冷戦下で宇宙開発を競っていたアメリカ政府は、金に糸目をつけなかった。

 だがコストにシビアな民生品では、そうはいかない。当初、ロックウェルは採算性を求められる民生向けに、MOSを作ることには消極的だった。だが佐々木はこう言ってロックウェルの経営陣を説得した。

 「いつまでも東西冷戦が続くと思わないほうがいい。デタント(緊張緩和)が進めば、軍事予算がごっそり削られ、軍需だけでは食っていけなくなる。今のうちに民生に進出しておいた方がいい」

 それでもロックウェルはMOS-LSIの電卓には懐疑的だった。

 「そもそも、そんな電卓が敗戦国の日本の会社に作れるのか」

 ロックウェルの不信を吹き飛ばしたのが、吉田の作った試作機だった。吉田が作った不恰好な試作機は、これまで民生品では誰も使ったことのないMOS-LSIだけで動いていた。

 「この試作機を作った技術者を共同開発のプロジェクトに加えてほしい」

 ロックウェルからの要請で、吉田は渡米し、ロックウェルの技術者と一緒に電卓用のMOS-LSIを開発することになった。

 生まれて初めての飛行機に乗ってアメリカに着いた吉田を見て、ロックウェルの技術者たちは驚いた。その時の吉田はまだ25歳。ヒョロヒョロの体に黒縁眼鏡をかけ、ギョロリとした目玉だけがやけに目立つ。

 「本当に君があの試作機を作ったのか」

 「イ、イエス」

 英語が喋れない吉田は、相手が何を言っているのかよく分からなかったが、とりあえず「イエス」と言っておいた。

 本格的な開発が始まるまで、吉田はロックウェルが用意してくれたアパートの近所のアイスクリーム・パーラーに通い、仲良くなった10歳の女の子に英語を習った。haveとgetとgoを使えば、言いたいことのほとんどは伝わることを学んだ――。

 こうして、「電子立国日本」の礎を作った若き技術者たちは、「坂の上の雲」を目指して一歩、また一歩と進んでいったのである。

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