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「暗黙の民意」による政治をするとき

民意は投票によってしか示せないのか。ネットの口コミ情報の分析技術が発展すれば、投票によらずして民意を汲みとれるのではないか。

口コミ情報で株価予想

 前回までネット情報を政治的決定に活かせる方法がないかを探ってきた。
 政治に活かせるかどうかは後で書くとして、ネットで行き交う口コミ情報は、発信した当人も思いがけない形で利用され始めている。たとえば日経平均先物に投資しているプルーガAIファンドというファンドは、ブログ情報を分析して売買しているらしい。ブログを分析して株価の上昇要因と下落要因をピックアップして予測を立てている。

 このファンドのブログ分析は、データ・マイニングの専門家、東京大学大学院の松尾豊准教授の研究を使っているとのことだ。松尾研究室のサイトにアクセスしてみたら、松尾氏の研究はずいぶんいろいろなところで利用されている。松尾氏の研究室はウェブの技術と産業への応用を研究するウェブ工学が専門とのことで、使われているサービス・メディアのページを見ると、「あのひと検索 スパイシー」も上がっていた。

 人物名で検索した場合にこのサイトは上位に出てくるようになってきたので、アクセスしたことがある人は多いはずだ。検索した人物とつながりのある人がチャート表示され、その人物の履歴などもわかる‥‥ことになっている。ただ、自分や知りあいのページを見ると、何でこの人とつながっているのか不可解なことも多い。ウェブ情報をお手軽に使ったあてにならない情報のように思っていたが、注目度の高い松尾准教授の研究を使っているとは意外だった。かぎられたウェブ上の情報で関係図を作っているので現状はまだまだなのだろうが、ウェブ・マイニングの技術が進化すれば、もっと正確な表示になっていくだろうか。

 また昨年ツイッターで地震速報が試みられているという話を書いたが、松尾研究室も、「トレッター」というツイッター情報を使った地震速報の開発を始めているらしい。

口コミ情報で選挙予想

 さらにホットリンクという会社はここ数年、松尾氏らと組んで口コミ情報を使った選挙予測をしてきた。候補者や政党に関する口コミ数が選挙結果にどう影響しているかについて、過去のデータを使って予測している。

 一昨年の参議院選挙の予測結果もネットで公開されている。
 一昨年の参院選というと震災前のことで、ずいぶん遠い昔になってしまった気がする。鳩山政権から代わった当初、菅政権は高い支持率だった。ところが消費税増税を言い始めたために、支持率がどんどん落ちていった。もし菅氏が増税を言い出さず、民主党が過半数を維持できていれば、現在まったく違った政治状況になっているだろう。消費税増税を口にして高支持率を吹き飛ばしてしまった菅氏は、一生悔いても悔いたりない政治的失敗をしたわけだが、そうした個人的失敗を超えて日本の政治の混迷を深めた大きな分岐点でもあったように思う。

 選挙予測は調査期間の累積の口コミ・データを使っているとのことなので、このように調査期間中に支持率が激変したときにはうまく予測できないようだ。このときの参院選の比例区の予測が的中したのは48議席中36議席で75パーセントの的中率だったものの、選挙区は73議席中38議席の52・1パーセントで、全体の的中率は61・1パーセントだった。
 しかしその前年の総選挙では、80・33パーセントの高い的中率になっている。大手紙の情勢調査の的中率は9割台の高さだったが、「混戦」という分類もあった。混戦の選挙区を除いた場合、ホットリンクの選挙予測も87・80パーセントの的中率になるという。大手新聞の調査にはやや劣るものの、かけたコストを考えれば好成績といえるのではないか。

 その前年の首長選のデータもある。
 千葉県知事に当選したタレント出身の森田健作氏や名古屋市長に選ばれた河村たかし氏は、知名度が高く口コミ数も多い。だから当選予想しやすかったと思われるが、宝塚市長選、青森市長選などほかの選挙もあわせて次点以下の順位の的中率も高い。人気がない候補になればなるほど口コミ数が少なくなり、的中させるのはむずかしいはずだ。さらに経験が蓄積され、データを読みとる技術が改良されていけば、予測精度はより高くなっていくだろう。ネットの口コミ情報の有用性が感じられる。

 ホットリンクという会社は、松尾氏ら工学系の研究者と連携し、口コミを使ったビジネスを展開している。ツイッターやフェイスブック情報などの分析にも取り組んでいて、参院選のツイッター分析や、ネットの口コミ情報とテレビでの露出回数や時間などを比較したクロスメディア分析についても、それぞれかなり詳しいレポートを公開している。

 参院選のツイッター分析では、特定層が民主党にネガティヴなつぶやきを大量かつ集中的に発信していたという。公開されているつぶやきであれば発信者を特定し、直接コンタクトすることも可能だろうが、自分たちに反発している層がどういう人たちかわかれば、その層向けの対策を打つことができる。企業や政党をはじめさまざまな組織のネット対応について眠っている需要はまだまだあるだろう。そうしたことを思えば、ウェブ分析技術を持つ会社のビジネスの可能性は大きい。

口コミ情報で政治的決定は?

 さて私の当面の関心は、こうしたウェブ分析の技術を政治的決定に使えないかということだった。

 たまたまイギリスで消費税増税によって購買意欲がどう変化したかというレポートを読んだ。イギリスではこのところたびたび増税しているらしいが、その影響は一律ではなく、購買意欲にそれほどダメージがないときもあったという。このレポートでは、「いまの経済情勢を考えると、家具や家電といった大きな買い物をするのにいい時期だと思うか」について調査して販売意欲を調べていた。日本でも景気動向調査はいくつも行なわれているが、自動化したネット分析ではリアルタイムの結果がわかる。
 消費税を上げたために購買意欲が激減し景気が悪くなれば、財政改善はできず、意味がない。消費税を少しずつ上げていき、上げるたびにネットでの反応を見て消費税引き上げを続けるかどうかを判断するといった具合に口コミ分析を使うことは可能だろう。ネット情報をこのように経済政策について使うことがまず考えられる。

 すぐにでも活用できるこうした分野を手始めに、だんだんと領域を広げてネットで読みとれる「暗黙の民意」を政治的決定に活かしていく。少しずつ利用して「暗黙の民意」を読みとる技術を改良していく一方で、社会の認知も進んでいくだろう。次回以降で見るように、そうしていずれは、投票によって民意をくみとるいまの代議制民主主義に代わる統治システムが誕生するということも起こるのではないか。

afterword
ネットは「暗黙の民意」をつかむために役に立つと同時に、議論のためにも役に立つ道具だ。そうした可能性を追究しようとしているプロジェクトもある。次回は「熟議の民主主義」などと呼ばれて注目されているこうした試みを見てみる。

関連サイト
●東京大学工学部ウェブ工学研究室(http://weblab.t.u-tokyo.ac.jp/)。研究室を率いる松尾豊准教授のサイトには、「ウェブのデータを使った人工知能の研究」だとか「意思決定のための価値の高い情報を提供する情報システム」などといった研究テーマが並んでいる。
●ソーシャル・メディアなどのウェブ情報を分析してビジネス化しているホットリンクのサイト(http://www.hottolink.co.jp/)。ブログの文章から性別を見分けることもできるのだそうだ。昨年のAKB48選抜総選挙のときには、メンバーのネット口コミ・ランキングの発表をしていた。選挙予測のサイトはこちら(http://senkyo.kakaricho.jp)。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.723)

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