- 2019年04月08日 15:29
変容する世界のエネルギー地政図――IRENA Geopolitics 解説記事 - 古屋将太 / 環境エネルギー社会論
2/2エネルギー外交の再編
エネルギー転換が進むプロセスでは、OPECに象徴されるような産油国のもつ影響力は構造的に変化していきます。それは、世界の国や地域にエネルギー外交の再考を迫ることにつながります。
レポートでは、エネルギー外交の再編に関する例がいくつかあげられています。日本は、もはや化石燃料の輸入確保に専心する外交戦略をとることはできず、自然エネルギーを含めた方向へと舵をきることが述べられています。
ドイツは、IRENAの創設を主導し、多数の国と自然エネルギーを柱とするエネルギーパートナーシップを構築することで世界に影響力をもちはじめています。
UAEは、産油国でありながらアブダビにIRENA本部をホストし、アブダビ開発ファンドを通じて途上国の自然エネルギー事業に資金提供・投資することで、自然エネルギーのリーダーシップを手に入れています。
インドは、パリ気候変動会議を機に発足した 「国際ソーラー同盟(International Solar Alliance, ISA)」を通じて途上国との政治経済的なつながりを強化する「太陽外交(solar diplomacy)」を展開しつつあります。モディ首相はISAの総会で「ISAは将来のOPECの役割を担うだろう」と述べるなど、新たなエネルギー外交の動きが進みつつあります。
新しい貿易地理
自然エネルギーが増え、化石燃料の重要性が相対的に低下するのにあわせて、貿易の地政も変化します。特に、ホルムズ海峡やマラッカ海峡のような難所をおさえることで行使できる影響力は顕著に低下していくと考えられます。
その一方で、系統や貯蔵設備といった物理的インフラは重要性が高まることが見込まれます。さらに、物理的インフラに留まらず、デジタル化を通じた情報面での相互乗り入れなど、各国同士のコネクティビティとネットワークが、領土・海域・空域の安全保障を補完する可能性があります。
具体的には、中国の「一帯一路」や「グローバル・エネルギー・インターコネクション」といった構想は、20世紀に米国を中心として構築された海路のヘゲモニーと同等の重要性をもつ可能性があります。ただし、これについては、中国の影響力の増大やその経済性、環境影響に対する懸念も見られます。
その他にも、「自由で開かれたインド太平洋戦略(Free and Open Indo-Pacific Strategy)」のもとで米国・日本・インドのインフラとコネクティビティを高度化しようと試みるプロジェクトや、ASEANによる戦略「Connectivity 2025」、EUによる「欧州とアジアを連結するための戦略(Strategy on Connecting Europe and Asia)」など、各地で独自に連携を模索する動きが多数あり、インフラやネットワークの連携は、貿易地理めぐる新たな戦場になりつつあります。
このようなインフラやネットワークの連携は、新たな相互関係のなかで国や市民に連帯をもたらす地政的な接着剤となる可能性もあります。ネットワーク化されたコミュニティの創出と継続には高いレベルで信頼と自信が必要とされる一方で、いったん物理的および人的な相互連携が創られると、それが協力と共存を媒介するようになり、安定性と繁栄につながる可能性があります。
新しいエネルギー地政図と日本
ここまでIRENAのレポートを手がかりに、変容する世界のエネルギー地政図を概観してきました。このレポートが指摘する論点は、数年前から関係者の間で直感的に理解されていましたが、今回、IRENAのレポートというかたちで発表されたことで、方向性がより明確になったといえます。そして、このレポートで示されている論点は、現在、日本が世界の中でどのような位置にいて、どのような役割を果たす可能性があるのかを考える良い材料を提供しています。
では、変容する世界のエネルギー地政図のなかで、日本は今後どのような方向性に進む可能性があるのでしょうか。
ひとつの大きなリスクは、政治経済のリーダー層が、このレポートで示された変化の流れや速度を見誤り、分散型の自然エネルギーがもたらす競争の機会を見逃し、世界のなかで日本が立ち位置を失ってしまうことです。
近代化以降、日本の政治経済とエネルギーシステムは中央集中型で確立されてきたことから、長年、分散型の自然エネルギーを推進する動きは周辺に追いやられてきました。しかし、2011年の東日本大震災と福島原発事故を受け、ようやく自然エネルギーと支援政策の必要性が認識され、2012年に固定価格買取制度が導入されました。
その後、太陽光発電の普及は大幅に加速したものの、依然として従来の中央集中型の思考とガバナンスがエネルギーシステムを規定しているため、分散型の自然エネルギーのポテンシャルを最大限活かすような方向へと転換できているとは言い難い状況にあります。
日本が分散型への転換に向けた一進一退に時間をかけている間に、中国をはじめとする世界の国々は急速に自然エネルギーを増やし、技術の覇権を競い、新たな影響力を獲得する動きを推し進めています。そして、その変化のスピードは年々速まっているため、気付いたときには日本は見る影もない、という状況に陥ってしまうことが予見されます。世界の急速な変化を認識することは難しく、また、変化は人々の認識を追い越して次々と先へ進んでいくため、政治経済のリーダー層は特に積極的に認識をアップデートすることが必要です。
一方で、日本は東アジアで自然エネルギーを通じた信頼の構築と相互連携をリードする役割を担える可能性もあります。国レベルでは歴史問題や領土問題をめぐって緊張関係があるものの、3.11後に国内各地で立ち上がった地域主導型の自然エネルギーの取り組みには、韓国や台湾などから視察も多く、日本が知見を共有できる重要な分野となりつつあります。
このような草の根レベルの人的ネットワークのもとで交流を重ね、相互の信頼を醸成することで、将来的には自然エネルギーを通じた北朝鮮へのエネルギー支援や、東アジアの平和のためのエネルギー対話をはじめることも不可能ではないと考えられます。

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古屋将太(ふるや・しょうた)
環境エネルギー社会論
1982年生。認定NPO法人環境エネルギー政策研究所研究員。デンマーク・オールボー大学大学院博士課程修了(PhD)。専門は地域の自然エネルギーを軸とした環境エネルギー社会論。




