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【書評】『あの日 勇者だった僕らは』(山川沙登美・著)は心がうずく好著でした

 業界ネタの作品を見ると大概において関わる人の濃淡、温度差、遠近感のようなものが体感できたりするわけですけど、この本ほどゲームに携わる人間の「遠影」とぬくもりを感じさせる作品もないなあと思います。ゲームを楽しんでいた人が、いつしかゲームの作り手になり、友や環境を得て、業界特有の事情に直面し、葛藤を抱いて歩んでいく。王道なのに、どこか手触りを感じる素敵な作品に仕上がっているのですよ。



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 エンタメ小説を読みこなしている人からすれば、どうしてもお笑い芸人ピースの又吉直樹さんが放ったベストセラー『火花』では、自身の人生の追憶を業界事情に投影して読者に体験をさせる描写を盛り込んだ作品に仕上げてあったり、あるいは業界系読み物の大半が志の明確な新入社員が業界の監修に挑むテーマで不合理や不条理を上司や取引先に演じさせて云々というのがあります。

 ただ、本書はなにぶんゲーム業界なので、そういう業界の明確な問題点やおかしな会社の方針、死ぬほどムカつく上司、働かない外注、どうしようもないパブリッシャーなどなどといったネタも踏まえつつ、力点が「こういうことを表現したいけど、どうにもならない」という自分の内なる作品に対する悩みもベースになるあたりが愛らしい。勇と祐一郎、二人の登場人物の視点が章ごとに交錯し、ひとつの文芸を成り立たせているあたりは、昔ながらのプレイヤーであれば熱中したサウンドノベルの文法をも感じさせるところがあります(もちろん、本当の意味で視点を変更しているサウンドノベルは『428』ですが)。

 業界の特徴でもある艶っぽい話は抑え気味にし、オリジナルゲームの構想で盛り上がり、しかし企画を立てるときは楽しいけど実際に作り始めるといろんなことが起きる。ゲーム業界あるあるでは終わらない、作品づくりと向き合う人間に共通する懊悩。元気はあるけど信用はない業界創成期だからこそ、まだ許されていた作り手の人間性と自由度が、両手を広げてゲームプレイヤーに楽しさを提供できていた時代の、またそこに青春をかけてきた人たちの等身大の人間模様が陰影込みで描かれているように思うのですよ。

 もちろん、ゲーム業界はクリエイターもプログラマーも過酷な環境の中で脱落して行ったり、ご縁に恵まれず良い作品を世に出す機会が無かったり、さまざまな屍の上に成立する世界でもあり、この本のようなストーリーは運よく生き残った人たちの生存バイアスだよな、と斜に構えて読むのもアリだと思います。また、のめり込む人特有の独善性も意識的か無意識にかふんだんに盛り込まれていて、作中では気持ちがいいほどに妄想や軽率さにブレーキをかける人が出てきません。

 それでも、多かれ少なかれ成功して生き残っているゲーム業界人はこういう側面があるし、いきいきとしたセリフ回しが織り成す底抜けの元気と健全な野望を見て羨ましくもあります。甘酸っぱい、というか。
 また、文芸であれば一定のアゲサゲのテンションはありますけれども、ただ関心したり前のめりに読者がなる場所は、この本においてはいろんな感想があるんじゃないでしょうか。

 両論あるかもしれないけど、私は好きです。個人的な希望で言えば、山川沙登美さんの、自分のフィールドではない世界で、リサーチを繰り返しながら短編でも小説を書きあげるのを、見てみたい気がします。

 いやあまあ、本当にこういう勇者だったらなあ。私も膝に矢を受けてしまってな。



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