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アップルの「サブスクリプション参入」で考える、コンテンツ産業の変化

3月25日、アップルが雑誌・ゲーム・映像のサブスクリプションビジネスに参入することが発表された。筆者も発表会の場にいたが、ゲストも多彩で、なかなか盛り上がった。

アップル本社内にあるスティーブ・ジョブズ・シアター。アップルはここを「特別な発表会をする場所」と位置づけているが、今回の発表はまさにそうだったのだろう

「え? 盛り上がった?」

日本から配信で発表会を見ていた人は、ひょっとするとそんな疑問を持ったかも知れない。日本ではあまり知らないテレビ・セレブリティが何人も登壇する発表会は、ハードウェアを期待したファンには物足りなかっただろう。

だが現地は、実際「盛り上がって」いた。その「盛り上がり方の違い」に、ひとつのヒントがある。アップルのサブスクリプション参入は、コンテンツ産業に起きている、ある変化を示すものだった。

コンテンツサービスを「アメリカシフト」でスタート

先に、日本で盛り上がらなかった発表会がなぜアメリカでは盛り上がるのかを解説しておこう。

理由はシンプルなものだ。登壇したセレブリティは、アメリカで暮らす人々には非常に馴染み深い人々だったからだ。まあ、当たり前といえば当たり前の答えなのだが、ここに、アップルの現在の戦略が隠れている。

発表会にスティーブン・スピルバーグ監督本人が登場した時には、会場は割れんばかりの歓声に包まれた

アメリカでは非常に著名なテレビ司会者であるオプラ・ウィンフリーも登場。会場は非常に盛り上がっていたのだが、日本から見ていた人には、いまいちピンと来なかったのではないか

アップルは今年の秋に、オリジナルコンテンツを軸にした映像配信事業である「Apple TV+」をスタートする。登壇したセレブリティは、皆、そのオリジナルコンテンツに関わる人々だ。ということは、アップルはまず「アメリカを軸にしたコンテンツを、アメリカの視聴者に向けて提示する」ことで戦おうとしているのだ。

これは、同社としてはある意味で妥当な戦略といえる。

アップルは、Apple TV+の開始に先駆け、5月に、同社の映像視聴系アプリを「Apple TVアプリ」としてリニューアルする。Apple TVアプリ自体はアメリカ専用ではないが、その設計思想はかなり「アメリカのテレビ事情」を考慮したものと感じられる。

アメリカでは、7割の家庭がケーブルテレビネットワークの有料サービスに加入しており、そこを経由して地上波も見ている。それぞれの家庭が有料チャンネルに加入し、時にはスポーツや映画などをペイ・パー・ビュー形式で……という生活をしている。要は日本でケーブルテレビや衛星放送を見ている人と同じような生活だが、それを大半の家庭が行っている、という状況が異なる。

Apple TVアプリには「Apple TVチャンネル」という仕組みがある。これは、ケーブルテレビの有料チャンネル契約をインターネットに持ち込み、Apple TVアプリの中からシンプルに使えるようにしたもの、と言っていい。同様のスタイルはAmazon Prime Videoが先行して始めているのだが、この図式は、特にアメリカの消費者にはわかりやすい。

Apple TVアプリに用意される「Apple TVチャンネル」の構造は、アメリカの消費者には非常に馴染み深いケーブルテレビのビジネスモデルに近い

アップルにとって、アメリカは本国であると同時に最大の需要国だ。そして、映像を中心としたサブスクリプション・サービスは、アメリカを中心に回っている。ケーブルテレビ局や地上波局、ハリウッドの映画会社まで、動画配信を抜きにビジネスを考えるのは難しい状態であり、人々の関心も、「いかに快適にネット配信を見るか」というところにある。

昨今のアップルは、iPhoneなどの中国需要を見込み、かなりの「中国シフト」を敷いていた。だが、中国でのiPhoneのニーズも陰りが見える。そしてなにより、中国はその国の特殊性から、ネットサービスを他国と同じように展開するのが難しい。

となると、アップルが「まずはアメリカ」と考えてサービスを構築するのも無理はない。

「お得さ」よりも「オリジナリティ」が重要

サブスクリプションというビジネス形態は、「オリジナル作品」という点を軸に見ると、新しい切り口が見えて来る。サブスクリプションの契約者は日本にも増えてきたが、月末になると次のようなことを考える人もけっこういるのではないだろうか。

「今月は忙しくてあまり見られなかった。もったいないから解約しようか」「今月はたくさん見たけど、結果として、見たいものをほとんど見てしまったような気がする。解約しようか」

これはとても自然な流れだ。だが、サービス事業者視点でみれば、簡単に解約されてはたまらない。サブスクリプションは「長期間契約が続く」ことによって、売り上げが積み上がることが重要なものだ。

だから各社はコンテンツ調達にコストをかけるが、ここにひとつ問題がある。結局、すでに劇場で公開済みの映画や、テレビで放送済みのドラマなどは、色々なストアに配信ライセンスが提供されるから、あまり大きな差別化にならない。

結局は「そのサービスでしか見れない」「そのサービスでしか遊べない」コンテンツの存在が重要になる。かといって、新しいコンテンツの善し悪しはなかなか判断がつかない。

すなわち、サブスクリプションを継続してくれるかどうかは、「見たいものがある」だけでなく、「ここは自分の好みに合うコンテンツを供給してくれる」という信頼感を築けるか否かに掛かっているのだ。

各社はサブスクリプションで得られた収入の多くをコンテンツ制作につぎ込む。「お得さ」よりも「うちは他と違う」ことのアピールこそが、コンテンツサービスの本道なのだ。考えてみれば当たり前のことである。アップルもそれは変わらない。そうした「コンテンツへの投資の姿勢」をいかに提示できるかが重要だ。

アップルは、ゲームのサブスクリプションである「Apple Arcade」では、すべてオリジナルのゲームにこだわる。特定の開発者に対して「出資」する形で新ゲームの開発を進める。家庭用ゲームのプラットフォーマーがずっと続けていることと同じ努力を、アップルもやることになる。ただ、ひとつの違いは、一本一本ゲームを売るのでなく、「サブスクリプション」によるビジネスになる、ということだ。


映像における「アメリカシフト」も、オリジナルコンテンツ調達という観点で見るとよくわかる。世界最大のコンテンツ生産地はハリウッドだ。ハリウッドとの関係を強めて「アメリカのコンテンツ」を作っていくことは、有力なオリジナルコンテンツ調達という面でも、ある意味効率がいい。多様性には欠けるが、サービス一年目の企業が選ぶ選択肢としては納得できる。

アップルは、自らが持つ資産を担保にオリジナルコンテンツへ投資し、「サービスへの期待度」を煽っている。だから、ハードよりもサービスの発表会をリッチなものにしたのであり、最初の顧客である「アメリカ国民」を重視した展開を行ったのだ。

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