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美人であろうとブスであろうと イケメンであろうとブサイクであろうと


 この間、友だちたちとゴマキの不倫について話していた。当時独身だったゴマキが、相手と出会ったのがネトゲだったらしいのだが、そのときの話で、顔の見えない相手を好きになり、そのあといざ会って顔を知ったあとも好きであり続けられるのかということが話題になった。 

 ゴマキといえば、モーニング娘。に鳴り物入りで加入し、あっという間にグループの中心人物となった逸材である。そんな彼女が気になった相手に会ってみて、もし顔がタイプでない、あるいはあまり美しくない相手だったらどうしていたのだろう、というのだ。

 しかし、よく考えてみるとこれは変な話なのである。たとえゴマキであろうと、顔のタイプは二の次で、「好きになった相手の顔を受け入れる」ということはあるのではないか。

 逆に、どうしてぼくらは「もしも相手の顔が…」と思ってしまったかというと、ゴマキほどの美しい芸能人なのだから、きっと「相手の顔のハードル」もめちゃくちゃ高いはずだ、と決めつけてしまっていたのだ。
 
 ここに錯誤がある。それは「美人が好きな人は自身にふさわしい顔を好む」という錯誤だ。どんなにイケメンであろうと美人であろうと、好きになる相手の顔のレベルとそれは関係ないのである。
 
 たしかに、美男美女のカップルほど、第三者からしたら「絵になる」のはたしかである。しかしそれは、第三者的から見たときの「景色」としてのそれにすぎない。
 
 ここに主観と客観の錯誤がある。他人からどう思われようと、人が人を好きになるとき、最も無関係になるのは、実は自分の顔なのである。
 
 自分の顔と趣向の相関について。
 
 これと似たことでいうと、アダルトビデオを鑑賞しているときにあることなのだが、ディレクターや男優が、女優(特に新人女優)の劣情を煽るために放つ「かわいい顔をして、エッチだねえ」という類のコメントである。このコメントが画面から流れるたびに首をかしげてしまう。

 顔の美醜と性欲の強弱って、関係なくね? 

 これも、顔の美醜と好みの顔のタイプが無関係の錯誤がある。どんなにかわいらしいアイドルだってとんでもない性豪の可能性はあるし、どんなにイヤらしそうな顔(それがどんな顔なのかはよく分からないが)をしていても性欲が薄い人だっているはずなのである。

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