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形ばかりの春闘で本当に給料は増えるのか

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■頭をもたげる春闘不要論

以上のような今春闘の特徴には、ポジティブな面とネガティブな面が混在している。

ポジティブな面では、政府の働きかけがやや弱まり、先行き不透明感が強まっているにも関わらず、賃上げの動きが維持されたことを指摘できよう。働き手の多様化が進むなか、賃上げ以外に議論が広がったことも望ましい方向である。とりわけ、評価・処遇改革に着手し始めた企業が登場していることも前向きに評価できる。デジタル変革で産業構造が大きく変わり、女性・シニア・外国人といった多様な人材活躍が求められるなか、依然として残る年功的要素を薄め、職務・成果型の評価・処遇制度を構築することは喫緊の課題と言えるからだ。

半面、ネガティブな面として懸念されるのは、ここ数年のベア復活の動きが弱まる兆しがみえることである。そうした流れが今後一段と強まっていけば、ベアにこだわって横並びで賃上げを実現しようと機運が失われ、春闘不要論が勢いを増すかもしれない。そうなれば、米中摩擦やデジタル変革など環境の激変が中期的に続くことが予想されるなか、90年代終わりから2000年代にかけての状況が再現され、賃上げの流れが数年以内に止まってしまうのではないか。大袈裟かもしれないが、2019年春闘が、デフレ経済をもたらした「ベア・ゼロ回帰」への序曲にならないか、懸念されるのだ。

■日本企業の競争力の最大源泉が失われる

筆者の考えは、引き続きベアにこだわる必要があるという意味で、春闘の意義は全く薄れていないというものである。ベア、すなわち、従業員全員の賃金を底上げすることが必要なのは、わが国が経済の好循環を形成し、デフレ経済に決別するためである。それは、わずかでも着実に基本給が毎年上昇していくことが当たり前になることではじめて、人々は「ともかく安いものを買う」という志向を改めるからで、その結果として消費者は価値のある商品・サービスであれば値上げを受け入れるようになるだろう。それがデフレマインドを払拭させ、ひいては企業にとっての合理的なプライシングにつながるのである。

加えて、海外企業と比較したとき、日本企業の競争力における最大源泉は「普通の労働者」が持つ勤勉さにあり、それを維持するためにこそ、皆のやる気を喚起できるベアが重要だということを指摘したい。さらに、逆説的であるが、固定費となる人件費の増加が当然となるからこそ、安易な人件費削減と不採算事業の放置で、企業活動が縮小均衡に陥ることを避ける効果があることを強調したい。時代の変化に不断に適応していこうという緊張感と規律を、経営者と労働者の双方が持てることが、緩やかなベアにこだわるべき最も重要な理由と言えるのだ。

厳しい国際競争に晒され、デジタル技術革新で未曾有のパラダイム転換の最前線に立つ経営者からすれば、終身雇用・年功制の日本型人材管理の在り方は、負の遺産として映る面が強いであろう。新たな事業の創出は企業の生き残りにとって死活問題であり、これまでのあり方を大きく見直す必要があることに議論の余地はない。その意味で、メリハリを一層強める方向での評価・処遇改革への着手はポジティブに捉えられる。しかし、現実には多くの収益は既存コア事業から生まれ、その維持・発展のために「普通の労働者」のモチベーションを維持することも重要である。

変化の方向性に目を奪われ、今ある良いものの保持をおろそかにすれば、かえって企業が弱体化する。それは、90年代末に少なからぬケースで賃金抑制のツールとなった「成果主義」の教訓であったはずだ。幸運にも日本企業の多くは、過去の経営努力の成果として、筋肉質の財務体質と潤沢な手元流動性を有している。今必要なのは、拡大均衡の創造に向けてこれらを有効活用することである。

それは、ベアの継続による従業員モチベーションの底上げ・既存コア事業の保持と、メリハリをつけた新たな処遇制度の構築による優秀人材の保持・活用を通じた新規事業の創造の、二兎を追う戦略である。

■「ベアの継続」と「事業構造の見直し」はセット

以上のように、時代環境が大きく変化したとはいえ、ベアの重要性は変わらず、春闘は今後も必要といえる。かといって、ベアの流れを復活させるため、再び「官製春闘」の色彩を強めるのは望ましくない。来年に向けて重要なのは、政府の働きかけなしでも、ベアが継続される状況をどうつくるかである。そのためには、ベアがなぜ重要なのかについての根本認識を、労使間で深めることがまずもって必要である。

それは、既述の通り、時代の変化に不断に適応していこうという緊張感と規律を、経営者と労働者の双方が持てることにベアにこだわる意義がある、という認識である。それゆえ「ベアの継続」と「事業構造の見直し」はセットなのであり、これを実現するための労働者の技能転換や職場移動の円滑化が鍵を握ることになる。

■政府の役割は賃金決定を支援する仕組みの整備

しかし、わが国の場合、企業を跨ぐ労働移動を支えるインフラが十分でなく、それゆえにこそ労働組合も「賃金よりも雇用」を重視するスタンスで、賃上げの取り組みが弱くなる。ここに政府の介入が必要になる理由がある。だがそれは、賃上げを誘導する「直接的介入」ではなく、労働移動のインフラ作りに取り組むとともに、経済合理性に基づいた賃金決定を支援する仕組みの整備という、「間接的な働きかけ」である。

以上を念頭に、政府は政労使会議を再開し、まずはベアの必要性やその持続に向けた課題の全体像を示し、労使の議論を誘うべきである。それを踏まえ、企業の枠を超えた技能形成やジョブマッチングの仕組みの整備と、第三者機関による賃上げの目安提示といった新たな仕掛けづくりに取り組み、政労使が協力して新しい春闘の在り方を創造していくことが望まれる。

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山田久(やまだ・ひさし)

日本総合研究所 理事/主席研究員

1987年京都大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)入行。93年4月より日本総合研究所に出向。2011年、調査部長、チーフエコノミスト。2017年7月より現職。15年京都大学博士(経済学)。法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科兼任講師。主な著書に『失業なき雇用流動化』(慶應義塾大学出版会)

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(日本総合研究所 主席研究員 山田 久 写真=時事通信フォト)

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