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望月優大『ふたつの日本』と、移民家族の歌としてのキリンジ「エイリアンズ」

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■これは「彼ら」の話ではなくて、「私たち」の話

望月優大さんの新刊『ふたつの日本 「移民国家」の建前と現実』を読んだ。

いろんなことを考えさせられる、とても興味深い本だった。

本の内容は、タイトルのとおり、「いわゆる移民政策はとらない」というスタンスを取り続ける政府の“建前”と、労働力を求める企業の“現実”によって引き裂かれ、在留外国人たちが複雑な立場に置かれ続けている日本という国の構造を精緻にルポルタージュしたもの。本文にはこんな風に書かれている。

日本で暮らす外国人は増えている。人工の2%といえば先んじる欧米などの移民国家に比べてまだまだ少ないが、確実にその数も、割合も増え続けている。そして、政府が急いで「特定技能」の在留資格新設へと走ったことからもわかるように、今後もしばらくその趨勢は変わらないだろう。「日本人」は減っていく。そして「外国人」は増えていくのだ。自然にそうなったのではない。「日本人」がそうする道を選んだのである。

本の中ではグラフや数字がふんだんに用いられ、在留外国人たちの出身国や、立場や、その変化が、わかりやすく綴られている。

そのうえで、僕が感銘を受けたのは、本の前半に書かれたこの一節。

このあと出身国や在留資格など様々なカテゴリーごとに整理した数字の話が続くが、そこでカウントされる「1」というのはあくまで一人の生身の人間のことである。そのことを念頭に置きながら記述することを試みたし、ぜひ一人ひとりを想像しながら読んでいただけたら嬉しい。

望月優大さんはウェブメディア「ニッポン複雑紀行」の編集長をつとめ、実際に、日本で暮らす様々な立場の在留外国人、つまり「一人の生身の人間」の話を聞いて記事にまとめている。だから、この一節に、とても強い説得力がある。

www.refugee.or.jp

そして読み終わって痛感するのは、最後の一文に書かれている通り、これは「彼ら」の話ではなくて、「私たち」の話である、ということ。

つまり、自分の生活の中で「出自の異なる人間」との交わりが増えていくことがわかっているこの現状に対して、さあ、どう生きていきますか?という問いがつきつけられている、ということだ。

で、もうひとつ思うのは、もし自分自身が「私たち」ではなく「彼ら」だったら、という想像力の問題について。

僕自身は日本で生まれて日本で暮らしている。だから移民という現実に当事者として向き合う機会は少ない。

だけど、もうちょっと広い意味での疎外感、英語で言う「alienation」の感覚には、すごく身に覚えがある。

たとえば、カミラ・カベロの「Real Friends」という曲がある。カミラ・カベロはキューバ出身、ラテン系のルーツを持つ現在21歳の女性シンガー。彼女はまさに移民の当事者だ。去年のグラミー賞でも「希望以外詰まっていない空っぽのポケットで私をこの国に連れてきてくれました」と、キューバとメキシコにルーツを持つ両親のことを語る感動的なスピーチを披露した。ヒット曲「Havana」は、「私の心の半分はハバナにある」と、親の故郷を思う曲。



そして「Real Friends」は、そのタイトルの通り「本当の友達がほしい」と月に語りかける、とてもエモーショナルな曲だ。

I'm just lookin' for some real friends
(本当の友達を探してる)
Gotta get up out of this town
(たぶん、この街を出なくちゃいけない)
I stay up, talkin' to the moon
(夜遅くまで起きて、月と話してる)
Been feelin' so alone in every crowded room(みんながいるのに、とても孤独)


僕はキューバに行ったことはないし、アメリカでラテン系の移民として暮らすというのがどういう現状なのかは、わからない。でも、想像力を働かせることはできる。彼女が歌う「みんながいるのに、とても孤独」という感情を、歌を通して受け取ることができる。僕はそういうところにグッとくる。

『ふたつの日本』の本の冒頭には、ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』と、ゲーテ『ファウスト』と、魯迅『故郷』の引用がある。そこにグッとくるのも、まったく同じ理由だ。

放浪の生涯を通じて、彼はかつてただの一度もある特定の場所を自分の故郷として意識したことはなかった。というより、彼にとっては特別な場所などありはせず、どこへ行っても、そこが故郷と思えばそれで満足だったのだ。ところが、月面に立って地球を見た途端、ハントは生まれてはじめて、故郷を遠く離れていることを強く意識した。
ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』(池央耿訳)

これは「彼ら」の話ではなくて、「私たち」の話である。

そのことには、もう一つの含意がある。ひょっとしたら「疎外されている」のは、「彼ら」だけじゃなく「私たち」も一緒なのではないか、という問いだ。外国人労働者が増えると同時に非正規雇用が増えたのが、平成という時代の30年間の変化だ。

社会が個人を「取り替え可能」なパーツとして扱う潮流が前面化している。そんな中で、自分自身は運良く「日本国籍を持った日本生まれの人間」のコミュニティと、そういう人たちにとって都合よくデザインされた社会システムの中にいるから気付かないだけで、ひょっとしたら、同じ変化の波にさらされているのではないか、と。

そういうことまで考えさせられる一冊だった。

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