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いとうせいこうが挑んだ「お笑い理論」の分析整理『今夜、笑いの数を数えましょう』

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気にかかった笑いのカケラを拾いあげ、しげしげと眺める。のが、いい。「笑い」でときめいた余韻に少しでも長く浸っていたい、その記憶をとどめていたい、という時間だ。そんな自分にとって、しかも、この平成が終わろうとするタイミングで本書「今夜、笑いの数を数えましょう」(講談社)が刊行されたことにまっすぐの嬉しさを覚えている。

今夜、笑いの数を数えましょう
講談社 (2019-02-27)
売り上げランキング: 12,939

「今夜、笑いの数を数えましょう」は、いとうせいこうによる対談集である。(対談構成はモリタタダシ) ジャンルを飛び越えてエンタメとカルチャーを攪拌する才人いとうせいこうが、その表現の支柱のひとつである「笑い」に特化し、「笑いの種類」の分析整理に挑むトライアルの入り口のような一冊だ。

いとうせいこう氏:共同通信社

序章でいとうは語る。笑いはその表現者によって「舞台での具体的な体験が論理的に語られていたり、帰納的に体系化されていたりするわけでもない」と。

なるほど概して、芸人は芸論を表にあまり語りたがらない。あの笑いはどう発想して、どう具体化して、どう試して、どう磨いて、どう演じて、どう修整したものなのか・・・等々、手の内をつまびらかにすることに対し、拒否感や羞恥心がはたらくのだろう。「まあまあ」なんてケムに巻くようなフェイク対応で、事実を霧の中に隠したりする。芸能の世界で芸能者が「核心」を語る行為、自身の表現を言語分析する行為を、総じて「野暮」だとするスタンスは脈々と在る。

このあたりを遡ると、14世紀に世阿弥は「風姿花伝」で能の演技論を著している。そこには現在の芸能全般に照らして色褪せない、時空に揺らがぬ理論が綴られていて、今読んでもまったくうなずける。

語らぬ者あれば、語る者あり。比べれば語らぬ方が圧倒的に大勢を占めてきたと思う。楽屋内を明かすことにメリットは少ないのだから仕方ない。

が、その中で近頃は、例えば「M-1グランプリ」などの賞レース前後に、プレイヤー(芸人)がスキルに踏み込んだ解説に乗り出す機会が見られるようになってきた。例えば昨年末、「岡村隆史のオールナイトニッポン」(2018年12月6日放送)でNON STYLE石田明が披露したM-1後の解説はとても聴き応えがあり出色だった。例えば、演者と観客との距離感など、プレイヤー側の視点を交える漫才への寸評は、芸人ならではの経験とスキルを背景にした興味深いものだった。

そして、いとうせいこうは「笑いの数を」において自ら白羽の矢を立てた、笑いの表現者たちとの対談を通し、自身のプレイヤーとしての経験論や技術論をベースに笑いの分類化と解説を展開している。無数にまばたく笑いの星海から「言葉や数式になりにくい」笑いのパターンを抽出し、ランダムにマーキングしていく。その仕組みを一枝一葉ごとに解き明かしにかかり具体的な言語化を試みる。

結論を言えば、それらが整然と分類体系化されるまでには至らない。自身の引き出しにしまわれて整理されずに詰まっていた個々の笑いを、これを機会に陽にさらして端から端まで並べてみようという段階だ。であるにしても、ここで続々と俎上にあがる種々の笑いは、蒐集の悦びもあいまって、自分にとっては「身悶え」以外の何物でもない時間となった。

本書で語られる、笑いにまつわる言葉の数々に、何度も時を止めてしまった。

< 「今夜、笑いの数を数えましょう」(講談社)より >

「(自ら考案したフリップ大喜利について)実は原点になったのはマグリットの『イメージの裏切り』なんですよ」(倉本美津留)

「スポーツに匹敵する笑いは可能か」(いとうせいこう)

「なにしろお笑いの人は、お客の反応がすべてなんですよね。受けるものだけが正解という世界なんですから。そこが演劇の人との一番の違い。良し悪しは別として、笑わせてなんぼのところで戦ってきた人特有の価値観が染みついてる。」(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)

「基本的に今の人たちはツッコミを笑わせるタイミングだと思ってるけれど、ホントは主になんの機能があるかというと、そこまでの状態のまとめなんですよね。(略)ツッコミは昔の芸人に言わせれば基本的に筋を運ぶためのものであって、そこで笑わすという意識ばかりじゃなかった。」(いとうせいこう)

「ヘタにツッコミを入れるより気づくだけのほうがおかしかったりする」(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)

「(初めてマセキ芸能のライブに出ることになり)最初に一番意識したのは、面白いことをやるというよりも、面白くないことをやらないっていう考え方でした。」(バカリズム)

「ナンセンスはホントに境界線の引き方が難しいよね(略)、狂気の線をどこに移動させるか」(いとうせいこう)

「なんか、コンビってダセーなというのがあったりして。(略)形式の話なんですけど、舞台上に二人が並んでいるのはものすごく平面的だなと思っていて。やりとりがお互いしかないじゃないですか。でも、ピンって立体的なだと思って。(略)二人より三人の方がいいと思う。東京03が好きなんですけど、三人いる状態が一番立体的だと思うんです。」(バカリズム)

「(大喜利での回答は、お題を)言われた瞬間にたくさん出てくるんですよ」(バカリズム)

「(19世紀の哲学者ハーバート・スペンサーによる笑いに関する説では)神経に興奮がたまって通常の行き場ななくなる。言葉で言えないようなことが起こると、変な声が思わず出ちゃうとか、泣いちゃう場合もあるよね。(略)感動しようとしていた神経の予想された興奮の高まりの行き先みたいなものが閉鎖されてしまう。そうするとどっかからそれがあふれちゃうから声が出ちゃったり、横隔膜が振動しちゃったり、手を打ったりする。それが笑うってことなんだと言ってるんだよね。(略)これは意外性ってことともつながってるでしょ」(いとうせいこう)

「3ⅹ=犬」(バカリズム) 

「『M-1』の準決勝を観ていても、映像になった時に何かが損なわれてしまうネタがある」(枡野浩一)

「舞台の笑いとテレビの中の笑いが違ってくるのは明らかで(略)笑い待ちをどうするかは、芸人にとってはものすごく重要なテクニックなんだけど、笑ってる間にセリフかぶせちゃうと聞き取れないから、そこのウケが減ってしまう。でも、そこで変な笑い待ちをしちゃうと、テレビ上ではおおいにテンポが狂っていくことがある。」(いとうせいこう)

「人を傷つけて成立してる一方的な笑いは根本的に面白くない。だけど、だからといって無色透明な笑いがいいのではない。やっぱり弱い人を攻撃する笑いが卑怯なんですよ。多数とか強い立場とかから弱いやつをからかうのは、単純な下ネタみたいに簡単だし、テクニックもいらない。ただし、そこで誰が弱者か判定していくのは、テレビのスタジオにしかいない人には体感として無理になってくる。その上、あれもダメこれもダメと手足縛られた場合に笑いに何が残るのか、心配はある。」(いとうせいこう)

「怒りも心から怒ってる時に他人事だったらおかしいけれども、同じ怒りをもし客席が共有している場合はただ怒るだけ。」(枡野浩一)

「談志さんがラーメンズについて『まあ、面白いけれども芸能じゃないんだよな』って言ったのね」(宮沢章夫)

「本質と別のところで何かが起こることを、我々は面白がるところがあるでしょ。」(宮沢章夫)

「うーん、笑いを語るってカッコ悪いよね」(きたろう)

「真面目に言えば言うほど面白いんですよね。ただ、ほんとに真面目な人がやってもさほど笑えないんだよね。(略)ふざけた感じが奥底に入ってる人じゃないと面白くない(略)状況のおかしさをまさに『半忘れ』して、それをあくまでも真面目にやるっていうね。フラの意識的な作り方にも通ずるんだけど。」(いとうせいこう)

「自分で自分を疑っている人は面白いんだけど、疑っているだけだと、ちょっとつまんないからね。一方でむやみに信じてる面があるのはおかしい。」(いとうせいこう)

「ボケはちゃんと演技しなきゃダメなんだ。それに対してツッコミは普通の人だから、普通に言えばいい」(きたろう)

「初発の何かを仕掛けてくるボケの方が、最初のきっかけが決まってないから、すごく難しい」(いとうせいこう)

「リズム感的に言うと、どうやったらかっこいいかってことと、どうやれば面白いかはほとんど同じだから。」(いとうせいこう)

「含羞、恥ずかしさみたいなこともテーマとしてよく語られてたけど、恥ずかしいんだと思うんだよ、みんな。でも、恥ずかしいことを知らないで出てる人を見てると、見てるこっちが恥ずかしいじゃん。ただ恥ずかしいんだったらなぜ出るの? って疑問が常にあるわけだけど、それはね、止むに止まれぬ何かがあるんだよね。パフォーマーというのは。」(宮沢章夫)

「確かにそう。恥ずかしい、意地汚いことをしに、舞台に出てるんですよ。いくら笑いなんてほしくないみたいな顔でかっこつけて出て行ってもさ、笑いがほしくてほしくてしょうがないんだもん(笑)」(いとうせいこう)
これでもかなり間引いての引用なのだが、付箋を付け過ぎて役割をなさない付箋超過本となってしまった。そして、通読後にあらためて感じたのは、笑いを語る際の「世代」というバックボーンへの意識だろうか。

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