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「2島返還」は完全に潰えた、代償大きかった対ロシア政策転換 - 樫山幸夫 (産經新聞元論説委員長)

北方領土の「2島返還」への方針転換が無駄、無益な譲歩であったことがいよいよ鮮明になった。ロシアのガルージン駐日大使は3月28日に東京・内幸町の日本記者クラブで行った会見で、これについて一顧だにしない冷淡な態度を示した。

「歯舞」「色丹」の2島を平和条約締結後に実際に引き渡すかについても言葉を濁した。「4島返還」という一貫した要求を事実上放擲することで領土問題の決着をめざした日本政府の狙いは潰えた。「4島」はおろか「2島」返還も従来よりむずかしくなったとみるべきだろう。

(laymul/gettyimages)

「引き渡しは〝善意〟」

ガルージン大使は、日本政府のあらたな方針「2島+アルファ」に対する受け止め方について、「ロシア側はそういう表現を使ったことはない。日本側が時々使っている。どう解釈すればいいかコメントするつもりはない」と無関心、冷淡な姿勢をみせた。

1956(昭和31)年の日ソ共同宣言にもとづいて、平和条約が締結された後に、歯舞、色丹の返還に本当に応じるかについて念を押され、「ソ連は、日本の利益を考慮して引き渡すつもりだった。善意であったことを理解してほしい」と述べるにとどめた。「プーチン大統領、ラブロフ外相は〝引き渡し〟という表現を用いている」とも述べ、これら諸島の主権がロシアにあるとの見解を暗に強調した

「歯舞、色丹島にはロシア軍以外のいかなる軍隊の駐留も受け入れるものではない」として、返還後に日米安全保障条約が適用されて米軍が駐留することへの懸念も示した。

領土問題を伴う平和条約交渉についてはプーチン大統領が3月15日、ロシア紙「コメルサント」のインタビューで「勢いが失われた」「まず日本が米国との(安保)条約を離脱しなければならない」と強調、北方領土への米軍駐留の可能性除去が交渉の前提との見解を示している。

プーチン大統領は2016年12月、東京での安倍首相との会談後の記者会見で、同様の見方を示しており、ロシアにとっては従来からの懸念ではある。しかし、日本が2島返還に舵を切って妥結機運を盛り上げている時期にふたたび、この問題を前面に押し出してくるのは、状況に応じて交渉のハードルをあげる旧ソ連の手法そのままにもみえる。

大使発言はもちろん、プーチン大統領の見解に従ったのものではあるが、一連の発言によって日本のめざした「2島+アルファ」は〝止め〟をさされたというべきだろう。

「2島」で進展に感触あった?

日本政府が「2島返還」へと方針を転換したのは、昨年11月のシンガポールでの日露首脳会談。戦争状態の終結、国交正常化と歯舞、色丹2島の日本への「引き渡し」が明記された日ソ共同宣言を平和条約交渉の基礎とすることで合意した。安倍首相はその後、国会などで、この合意は従来の国後、択捉をふくめた4島の返還要求から2島返還への転換であることを事実上認めた。 

首相にしてみれば、70年間要求をつづけてきたにもかかわらず、返還をみなかった厳しい状況を考慮、歯舞、色丹返還に国後、択捉での共同経済活動を加味する「2島+アルファ」で決着を急ぐ方が得策という判断だった。

日本の方針転換にもかかわらず、ロシアはかたくなな姿勢を崩そうとしなかった。2019年1月、交渉責任者に指名された河野太郎、ラブロフ両外相がモスクワで会談した際、先方は「北方領土は第2次大戦の結果、ロシア領になったことを日本側が認めない限り交渉は進まない」と、自らの不法占拠をタナにあげ、不当な歴史認識を押しつけてきた。

この直後、安倍首相がモスクワに乗り込んでプーチン大統領と膝詰め談判したものの、事態を大きく打開するには至らず、「戦後70年以上残された問題の解決は容易ではない」ときびしい状況であることを認めざるをえなかった。

翌2月、ドイツ・ミュンヘンで行われた外相会談の際も、河野外相は「戦後70年かけてやってきていることであり、一朝一夕に解決することではない」とやはり早期解決は困難との見通しを示した。

シンガポールでの首脳会談の際、首相が「次の世代に先送りすることなく、私とプーチン大統領の手で必ず終止符を打つ」と大見得を切ったのに比べると大きな違いだ。

シンガポール会談で、日本はなぜ方針転換したのか

あくまでも想像だが、ロシア側から事前に「2島なら解決」という何らかの感触を得ていたのではなかろうか。首相が自信たっぷりのコメントをしたのは、そのためだったのかもしれない。

年明けの一連の首脳、外相会談でそれぞれ、どんなやりとりがあったのか明らかではないが、浮かれていた日本側を失望させ、再びきびしい認識に戻らざるを得ない何らかのやりとりがあったのだろう。

領土は返さないが経済協力は欲しい

誠実さをかけらも示さず、ロシアは今後も北方領土で経済開発、軍事基地建設など〝ロシア化〟を進め、日本にも協力を求めてくるだろう。

3月2日づけの産経新聞がロシアの「イズベスチヤ」紙を引用して報じたところによると、ロシアは北方領土と千島列島を対象とした経済特区の拡大、大規模投資などを検討しているという。2月20日づけの日本経済新聞は、ロシアの民間ガス大手が日本企業に対して、北極圏での液化天然ガス事業への出資を要請していると報じた。プーチン大統領も1月の首脳会談で首相に対して、日本企業の早期決断への期待感を伝えたという。この会談で日本側は、貿易額を数年間で1.5倍の300億ドルに拡大することを約束させられている。

2月20日付けの読売新聞によると、ロシア政府系世論調査機関が北方領土の住民に聞き取りを行ったところ、96%の住民が、島の日本への引き渡しに反対したという。この結果を受けてサハリン州の知事代行は日本との領土交渉を打ち切るよう求め、国営テレビはこの結果を繰り返し報じたという。政府系機関の聞き取り調査に対して、4%の人が少なくとも反対しなかったことは、むしろ驚くべき事ではないかと思えるが、それはともかくとして、ロシアが返還反対の世論情勢工作を盛んに行っていることを示している。

領土は絶対に返さないけど、経済協力はほしいというロシアの思惑をはっきりと示している。

今後は「2島」がスタートライン

日本固有の領土である国後、択捉両島を断念して歯舞、色丹の2島で決着することは日本の主権放棄にも等しい。「2島返還」フィーバーが去ろうとしているのはむしろ幸いというべきだろうが、いったん「2島返還」の旗を掲げたからには、今後の交渉は2島返還をあらたなスタートラインにしなければならないだろう。

本来の4島返還はますます遠のいたとみなければならない。まことに大きな代償だった。「2島返還」という〝妖怪〟は。

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