- 2019年03月30日 11:43
「児童虐待」を模倣させないため テレビでの伝え方を真剣に考えてほしい(水島宏明)
2/2「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」
(5歳で死亡した東京・目黒区の船戸結愛ちゃん)
苛酷な虐待を受けた子らが救いを求めて書いた文字の筆跡が少女たちの顔写真とともにテレビで放映されるたびに胸が痛むのは筆者だけではないだろう。
テレビのニュース番組では、そうした実態を伝えるたび、読み上げるキャスターたちも声を湿らせて、同様のことを繰り返してはならない、と強い決意を込めて伝えているように見える。しかし、残念なことにニュースの実態は根本的な解決策を伝えるのとは程遠い状況になっているように思う。やはりテレビでは虐待の「くわしい行為」ばかりを集中して報道する傾向が強いからだと言える。
テレビ報道が児童虐待で伝えるべきことは何だろう。当然ながら、父親による虐待を疑い一時保護までしたのに、女児を父親の元に返す判断をしてしまった児童相談所という役所の実態を映像で伝えることだ。
日頃の仕事はどんな様子か。職員の労働量は? 権限は十分か。親とのやりとりや個々の意思決定を誰がどうチェックするのか。専門家のサポートは適当なのか。現場で働く職員たちの声を拾い集め、改善策を示していく報道である。
国会での首相答弁に倣うまでもなく、件数が増え続けて死者が相次ぐ児童虐待は、今この国が何よりも優先して取り組むべき課題のはず。それなのに多くのテレビニュースからは記者や制作者の「本気」が伝わってこない。
最大の鍵を握っている児童相談所(児相)の現場をろくに取材していないのだ。児相の現状を明るみに出し、相次ぐ問題解決のために行政、学校や警察、周辺住民はどうすべきか。問題を整理すべきなのに表面しか報道していない。
新愛さんの虐待死では偏執的な虐待を主導した父親と阻止しなかった母親が逮捕されたが、なぜ児相が介入して彼女を保護できなかったのか。刑事事件として警察、検察や児相、学校、自治体である県や市、一家が以前住んだ場所の自治体、政府や国会など取材すべき関係機関が多いとしても、鍵を握る児童相談所の仕事が日常的にどうかという肝心な点がおざなりだ。
児童虐待について、警察庁の集計で児相が児童虐待を疑って家庭への調査や子どもの保護で警察に対応を要請した件数が過去最多と発表されたのが2月上旬。以後も児童虐待をめぐるニュースは散発的に続いている。先に挙げた日テレ「news zero」は児童虐待について介入や支援の要である児童相談所を訪れて取材して報道することはしていない。
児童虐待で「児童相談所」を取材しないテレビニュース
児童福祉の世界は筆者の経験では専門的な知識の蓄積が必要で、しかもデリケートな個人情報の厳重な管理を求められる非常に難しい取材対象だといえる。児童虐待をめぐる報道で児相の現場に踏み込む報道が少ないのは難しいテーマを避け、視聴者の好奇心を引きやすい「行為」そのものに集中しすぎるせいではないかと見ている。
こうしたなか、TBSの「報道特集(3月23日)は静岡県内の児相を実際に取材して児童虐待の対応の難しさをテレビで報道した数少ない報道だった。職員たちは児相には次々にかかってくる電話応対に追われていた。
[画像をブログで見る]相談にあたる児童福祉司は親から暴力的に威嚇されることも少なくないと赤裸々に証言した。
虐待が疑われる子どもを預かる一時保護所も放映。児相の他にも、虐待を受けた子どもだけでなく虐待した親の心をアフターケアするNPOのサポート活動も紹介し、多角的に伝えて出色だった。
とはいえ、テレビ全体では児童福祉について無知ともいえる報道が目立った。2月25 日には東京で児童養護施設の施設長が元入所者の男に殺害される事件が発生した際は続報も含めて、児童福祉の課題を指摘する報道は皆無だった。児童養護施設は「社会的養護」と呼ばれるが、親が養育できずにこの施設に入所する子どもは大半が虐待の被害者だ。児童相談所も児童養護施設も予算と人員の不足が慢性化していて、退所後のケアの不足など様々な歪みがあることは児童福祉の関係者の間では半ば常識ともいえる。
新聞では児相の課題として、現在、児相で対応にあたる職員が持っている児童福祉士という資格だけでいいのか。それに替わる児童虐待を専門にする国家資格創設が制度的に必要ではないかという議論を紹介する報道があった(3月25日の朝日新聞)。
現行の任用要件は不十分として、児童福祉司のあり方を抜本的に見直し、子どもと家庭福祉についての専門職を児童福祉司に任用するべきだという意見が、専門家たちから出ています。
出典:朝日新聞デジタル(2019年3月25日)「人手不足、問われる質 児童福祉司に必要な専門性とは?」
一方でテレビでは、制度や資格面まで踏み込んだくわしい報道や児童福祉全体を見渡して背景を深掘りするような報道はほとんど見られなかった。新聞には児童福祉の問題を20年以上取材している朝日新聞社の大久保真紀記者のような専門記者がいるが、テレビにはそれに匹敵する人がほとんど見当たらないせいだろう。
だとすれば、いまテレビに求められることは児童福祉をきちんと理解する専門記者や制作者を育てることである。災害報道でも原発報道でも指摘されてきた記者の専門性の欠如がテレビニュースを必要以上に情緒的で下世話なものにしてしまっている。
一向になくならない虐待事件の報道。そこには専門記者の視点が必要であることは言うまでもない。
テレビ報道にも大久保真紀さんのような報道者を育てることが急務なのだ。
※Yahoo!ニュースからの転載



