- 2019年03月29日 06:48
カンニング竹山が福島に通う理由 第一原発を見て感じた思いを本に
2/3純粋な観光から少しずつ福島にハマっていった
――純粋に福島を楽しむことにしたのですね。
初めは地理も全然わからないから、Twitter関係なしに後輩を連れて会津に行ったんです。観光のイメージがある会津で、喜多方ラーメン食べようとか、鶴ヶ城を見ようとか。
名前何だったかな。会津若松に巨大な大仏があるんですよ。聞いたらバブルの時に金持ちが作ったらしくて(笑)。そこ行った時になんか面白ろくて、くだらなくて。作った経緯とか、大仏の中から見た景色とかが面白くて。「すごいな、成金」って思いながら(笑)。でも、意外と憩いの場になっていて。こんなとこもあんだなって。まさに発見ですよね。
で、次はとりあえずいわきという風に。新幹線乗ったら福島市まで行けるってなって、さらに郡山行こうとか。いよいよ次は、レンタカー借りて温泉回り始めて、よし今度は山を越えて浜通りに行こうとか。どんどん楽しくなって。
――後輩の芸人さんを連れていくのですか。
そうですね。2人、ないしは3人を連れていきます。
――それは福島の今を知ってほしいからですか。
知ってほしいという思いはあまりないです。無理やりは連れていかない。例えば、原発とか放射能に対してだとか、今はだいぶ状況変わりましたけど、後輩もいろんな考えがあるでしょうから。上の立場から誘って、「本音ではあんま行きたくないけど」っていうのは嫌なんで。

日本酒で語りあう夜 「福島の人は一度話したらうるさい」
――福島の県産品に対する風評被害が根強い中、日本酒は人気です。
福島に泊まれる時には日本酒飲んで、向こうの人と話をするんですよ。(JR福島駅近くにある)『あねさの小法師』という店に去年の秋ぐらいに偶然入って、店主の女性がまたいいお母さんなんですよ。「こんなわけで福島に来ているんですよ」から話が始まって、延々と世間話。いわきの飲み屋街のマスターもそうだし。他のお客さんもいるんで、酔っぱらってくるといろんなこと話し合いますよ。

――本では東北の人を「被災者」と表現することへの違和感も記しました。
被災者という言い方は、個人的に嫌いです。下の人を見ているような感じじゃありませんか。向こうに行ってみると普通の人ばかりですよ。当たり前に普通に生活している人を被災者っていうのは違和感があった。その延長で、被災地という言葉も嫌なんです。
――福島の人の人柄はいかがですか。
一回話し込むと、よく話す人が多いんですよ。そこに馴染むまでが最初は少し大変だったかな。こっちの勝手な思い込みなんですけど、よく言うのは“柱の陰からじっと見られている感じ”がしましたね。しゃべりかけてくれることもなくて(笑)。
人懐っこい人が多い大阪にいたのもあって、8年前に福島に行った時は違和感はありましたね。もっとしゃべりかけてくれたらいいのにって。でも、こっちがちょっと突っついて話すと、うるさいぐらいでもう止まんない(笑)。本当に良くしてくれて。福島の人が考え方も人生観もいい方向に変えてくれて。
今も12.5%が福島県産食材に抵抗感を持つ現実
福島第一原発事故を受け、消費者庁が今月6日に公表した食品の放射性物質に関する意識調査では、購入をためらう産地として「福島県」を選んだ人は12.5%だった。12.7%だった昨年2月の前回調査に続いて、過去最低となった。
――県産の食品への調査結果はどう受け止めていますか。
今も12.5%の人は抵抗があるという見方をすべきだと思います。結局、正しい情報がちゃんと伝わっているのかどうかということ。12.5%の人がまだ福島県産が嫌だっていうのは、何の根拠もないイメージじゃないのかな。そのイメージをどう払しょくするかが一つのテーマだと思います。
この前、福島の農家さんに聞いた面白い話があります。あくまでも仮定の話です。例えばほうれん草にしましょう。ほうれん草が仮に日本全国で作られているとしましょう。日本全国で作っているから、福島のものは危ないんじゃないかって言われる。
ところが、例えば大根。北海道と福島と福岡だけでしか作っていないとする。作っているのがその3道県だと、風評被害はないそうです。要は大根が必要だから。結局これって感情論なんじゃないかな。

「福島はもともと何もない県」 これまでのピンチをチャンスに
福島県の調査によると、17年の県内への観光入込者数は5449万4千人で、15年から3年連続で増加し、原発事故が起きる前の10年(5717万9千人)の95.3%まで回復した。10年との比較では、福島や郡山市がある“中通り”、鶴ヶ城が人気な会津若松市やラーメンで有名な喜多方市などの“会津”は入込者数が上回った一方、第一原発がある“浜通り”は68.1%にとどまっている。
――観光に目を向けると、福島県への観光客は年々増えています。
うれしいことですよ。福島の人と、これまでのピンチをチャンスに変えられないかって話をよくするんです。でも、勘違いしたらいけないのは、福島っていうのはもともと人があんまり来ない県なんですよ。そもそも何もない県なんです(笑)。
それを「復興」という言葉でものすごい大都会にしようっていうイメージがあるけど、無理ですよ(笑)。もともと何もないから東電が原発を作って、雇用が生まれたわけです。それ以上を望むのは復興じゃない気もします。
これからはビジネスの視点が重要だとも思うんです。復興、復興と言うだけじゃなくて、いかに地元の人が金を儲けるか。特に(第一原発がある)浜通りでも少しずつ帰還困難区域への避難指示が解除になります。そこはチャンスとして考えるべきです。どう人を戻すかだけじゃなくて、新しく人が来て住めるように街を作るか。
――もともと住んでいた方の帰還に加えて、新たに人を招く方策が重要だということですか。
例えば僕は今年で48歳で、高校生くらいの子どもがいるような年です。8年前に原発事故で避難したとしたら、子どもの学校も避難先で決まって、家を買っているかもしれない。仕事も変わっているだろうし、家族で引っ越して戻ってくるのは無理じゃないですか。だから、戻ってくるのは、じいちゃん、ばあちゃんでしょう。
福島を訪れて実情を知る大切さ

――本では、第一原発が立地する大熊、双葉両町を「進化するのを見守っていきたい街」として見学すべき場所に上げています。浜通りでも特に状況が厳しい町かもしれません。
大熊なんかはもうすぐ一部で避難指示が解除されるけど、観光でずけずけ行くことは、地元の人の気持ちを考えると問題かもしれません。「観光なんかで来てくれるな」って。でも、見るぐらいならいいと思うんです。一人でも解説してくれる人がいたら福島の現状や課題がよりわかりやすいんですけどね。
道路を走っていてもバリケードがあって、画が強いから「うわあ」って思うけど、誰か解説してくれる人がいて「ここ全部田んぼだったんですよ。田んぼを放っておくと木がはえるんですよ」って言った方が、震災の様子の実感がわくと思うんです。いろいろ考えるじゃないですか。で、海で津波の犠牲になった方に手を合わせていただいて。



