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障害者やその家族が、人目を避けて道を曲がり続けなければならない社会があるとすれば、それは間違った社会である - 「賢人論。」第85回湯浅誠氏(前編)

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社会活動家として、日本の貧困問題に取り組んでいる湯浅誠氏。2008年の年末、リーマンショックに端を発した“派遣切り”への緊急手段として、東京・日比谷公園に「年越し派遣村」を設置し、村長を努めた人である。そんな湯浅氏が社会活動家になったのは、障害を持つ兄がいたことが大きな理由だという。幼少時代の湯浅氏の心に、果たしてどんな考えが芽生えたのだろう?

取材・文/ボブ内藤 撮影/公家勇人

自己紹介は「バクダン、つくってません」

みんなの介護 社会活動家というと、何だか怖い人というイメージで見られることが多くないですか?

湯浅 多いですよ。社会活動家というのは職業名でも何でもなくて、英語で言えば「Social activist(ソーシャル・アクティビスト)」。欧米では公の場で「私はアクティビストです」と自己紹介する人はけっこう多いんですけどね。

ただ、日本ではいろいろな方とお会いする中、「バクダン、つくってません」なんて説明しなければならないケースもあったりします(笑)。

みんなの介護 湯浅さんが、なぜ社会活動になったのかということについて、とても興味があります。どんなきっかけがあったんですか?

湯浅 きっかけはいろいろだとは思うんですが、突きつめていくと兄が障害者だったことが大きいでしょうね。筋萎縮性の障害があって、私が小学校の低学年のころには補装具をつけても自分の足では歩けなくなり、移動するときは車椅子に乗っていました。

兄の送り迎えをきっかけに、社会について考えるようになった

湯浅 兄が障害者であることに対して、当時は嫌だなと思ったこともありますが、今ではとても良い経験をさせてもらったと思ってます。

ウチは共働きの家だったので、養護学校に通う兄を迎えに行ったりすることがあったんです。当然、私が車椅子を押すことになるわけですが、向かいから人が歩いて来るのが見えると兄は「曲がってくれ」と言うんですね。普通に歩けば10分ほどで帰れる距離なんですが、道を曲がった先でまた人が見えると「曲がってくれ」が始まって、なかなか家に辿り着けない。

そんなある日、兄の「曲がってくれ」を無視して、まっすぐ行っちゃったことがあるんです。自分のアニキが世間に隠れてコソコソしていることに、ずっと疑問を感じていたからかもしれません。

みんなの介護 で、どうなりましたか?

湯浅 そのときの光景は、今でもよく覚えています。前から歩いていたのは、おそらく30代くらいの男性でしたが、細くなった兄の足や、後ろで車椅子を押している子どもの私に物珍しげな視線を向けてきました。今から40年以上も前で、車椅子で移動する人が街にそんなにいなかった時代ですから、なおさら珍しい光景だったのでしょう。

兄は、すごい勢いで怒りました。そして、母が家に帰って来ると、「誠にはもう、二度と迎えにきて欲しくない」と訴えたんです。

みんなの介護 強烈な体験ですね。

湯浅 私には強烈な体験でしたが、兄にとってはそうでもなかったようです。というのも、それから数十年たって兄にこの話をしたら、このときのことをまったく覚えていませんでしたから。

みんなの介護 なぜ、湯浅さんだけ、そのときのことをしっかり覚えているのでしょう?

湯浅 これをきっかけにいろいろなことを考えるようになったからでしょう。兄の気持ちを考えずに行動した私が悪かったのか、それとも障害をものともせず堂々とふるまえない兄のほうが悪かったのかと。  

小学生の頭では答えを出すことがむずかしい問題で、納得のいく結論にたどりついたのは大人になってからです。

それは、こんな結論です。

障害者やその家族が、人目を避けて道を曲がり続けなければならない社会があるとすれば、それは間違った社会である。また、障害者に健常者と同じ気持ちを持って行動することを無理強いするような社会も同様に間違っている。どっちの社会に転んでも、おかしなことになる。  

ゆえに、障害者が健常者に対して負い目を感じることなく、それと同時に健常者が障害者に対して偏見を持たない方向に、社会のほうが変わらなければならないということです。

友人に請われて参加したホームレスの路上支援

みんなの介護 大学在学中から児童養護施設のボランティアを行っていた湯浅さんは、大学院生になってホームレス支援のボランティアをはじめます。どんなきっかけがあったのですか?

湯浅 ホームレス支援は同じ高校出身の川崎哲(あきら)が始めたんですが、私が大学院の試験に受かって入学前のエアポケットのような暇ができたとき、手伝い始めたんです。

みんなの介護 川崎哲さんはNGOピースボートの共同代表で、核兵器廃絶国際キャンペーン (ICAN) 国際運営委員をつとめている方ですね。

湯浅 ええ、そうです。最初の1~2年は中途半端な手伝いしかしていなかったので、川崎たちは「湯浅はアテにならない」と思っていたんじゃないですかね。

ところが、当時はホームレスがそれまでの1.5倍から2倍の勢いで増えていた時期で、途中から「これは本腰を入れてかかわらなければいけないぞ」と思うようになっていました。

ホームレスといっても、一人ひとりにちゃんと名前があるんです。キクちゃんとか、ヤマちゃんとか、固有名詞でお互いを呼び合うようになると情がわいてきて、しばらく姿を見なくなったりすると放っておけなくなるんですね。

夜中に酒を飲みながら話をしているうち、終電を逃しちゃってテントに泊めてもらったこともありました。まぁ、そうやって半分は遊びのつもりでかかわっているうちに深みにはまっていったわけです。

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