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マツダ「ロードスター」が30周年に込めた意味

マツダは25日、小型オープンカー「ロードスター」がデビュー30周年を迎えたことを記念して、特別仕様車を売り出すことを発表しました。

※歴代のマツダ「ロードスター」

「ロードスター」は、1989年に誕生し、3度の全面改良を重ねてきました。

初代から一貫しているのは、「人馬一体」と「走る歓び」です。意のままの走りに応えるために、「軽さ」を追求し、すべての部品をグラム単位で管理してきました。

累計生産台数は、2016年に100万台を超えました。

もっとも売れているのは北米で、販売累計は48.7万台。つづいて欧州の35万台、日本は19.5万台です。

「ロードスターはもはやマツダのものではなく、お客さまのものであると考えています」と、ロードスター開発担当主査兼チーフデザイナーの中山雅氏は述べました。

「ロードスター」は、サラリーマンでも手が届く価格のスポーツカーです。私の家の近所には、2台の「ロードスター」を所有するお宅があり、週末になると、ご主人がボンネットを開けて、整備に勤しんだり、ご夫婦で遠出をされたりしています。日常生活の中に、普通にスポーツカーが融け込んでいるんですね。

また、90年から開催されている「清里ミーティング」、93年から開催されている「軽井沢ミーティング」など、「ロードスター」にはさまざまなファンイベントがあります。09年9月に山口県三次試験場で開かれた「ロードスター20周年ミーティング」には、1600台、2600人が集まりました。

「ロードスター」は、法規制の影響から70年代に市場から撤退した「ライトウェイトスポーツカー」をよみがえらせる目的で開発されました。

それは、アメリカのモータージャーナリストのボブ・ホール氏と、のちにマツダ社長となる山本健一氏の出会いから始まります。

大のクルマ好きのボブ・ホール氏は、ロータリーエンジンを実用化し、スポーツカーの販売に力を入れていたマツダに着目し、環境規制の影響で存続がむずかしくなっていた米国の「ライトウェイトスポーツ」をマツダに復活させてほしいと考えたんですね。

その後、「ロードスター」の開発が進められ、同車がマツダを代表するクルマの一台となったのは、ご存じの通りです。「このクルマは文化の香りがする」と、山本氏は述べました。

当時、市場で発売されていたスポーツカーが、徐々にボディーサイズが大きくなり、ハイパワーで価格も高いものへと移行していったのに比べて、「ロードスター」は、あくまでも「ライトウェイトスポーツカー」として、購入しやすい価格とコンパクトなサイズにこだわりました。

「ロードスター」が、次の世代にどのように受け入れられていくのか。スポーツカーのある暮らし、クルマを所有する喜びを引き続き、提供することができるのか。むずかしいところにきているのは確かですが、しかし、これからもスポーツカーを楽しむ層が一定数、存在しつづけるのは間違いないといえるでしょう。

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