- 2019年03月26日 16:03
「インフルエンザ予防に乳酸菌」のページが消えた! 健康効果の読み解き方(前編)- 松永和紀 (科学ジャーナリスト)
2/2明治の乳酸菌R-1も調べてみた
同様のことを、ほかの企業も行っています。
たとえば、(株)明治のR-1ヨーグルトは、インターネットで検索するとインフルエンザ予防効果に関する情報が山のように出てきますが、私には、根拠は確かとは思えません。
同社も商品などの紹介ページとは別に、「乳酸菌研究最前線」というページを作り、そこで「免疫機能を活性化し、インフルエンザを抑制できる!?」と題して、関連の研究成果を紹介しています。
乳酸菌1073R-1株について、(1)〜(5)までの5つの試験結果を並べています。が、(2)(3)はマウスでの結果。ヒトで効くという根拠にはなり得ません。
(1)は山形と佐賀で行われたヒトを対象とした試験結果。同社の研究者によるもので、論文が2010年に発表されており、高齢者施設でヨーグルトを摂取した群と牛乳を飲んだ群を比較し、ヨーグルト群の方が2.6倍、風邪を引くリスクが下がり、目や鼻、のどの調子もよく、NK細胞活性という免疫機能の指標の一つが上昇、という結果です。
ただし、この研究は「ヨーグルトは体に良いはず」というような被験者の思い込みや生活の無意識の変化などを排除できておらず、参加者人数も多くなく、信頼度の低い予備的研究です。
(4)は「乳酸菌1073R-1株の継続的な摂取がインフルエンザワクチンの効果を高める可能性がある」として、試験結果が説明されているのですが、論文をどうしても探せません。
そこで、明治広報部に尋ねたところ、なんと学会発表でした。2月20日付の回答によれば論文には今、取り組んでいるところ、とのことです。学会発表は審査がなく、事実上、だれでも、どんな内容であっても発表はできます。
一方、論文は多くの場合、第三者の審査の結果、掲載されます。したがって、学会発表レベルでは、科学的な根拠とは扱われません。なのに、根拠として説明しているのか? 唖然としました。
(5)は、「高齢者のインフルエンザ予防につながる可能性が示唆されました」として紹介されています。文科省の科研費による研究で、2017年に発表されています。高齢者施設で毎日R-1ヨーグルトを食べてもらい、試験開始前と、毎日食べるようになってからの唾液中のIgA濃度を比較し、有意差あり、つまり効く、というわけです。
でも、この試験では、(1)の試験と同様に、ヨーグルトは良いという思い込みや生活習慣の無意識の変化等を防げませんし、IgAは免疫機構の指標の一つに過ぎません。
(1)〜(5)では、インフルエンザ予防などとはとても言えないのです。念のため同社広報部にほかの根拠も尋ね、4つの論文が示されたのですが、3論文は上記とだぶり、もう一つは、この論文(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26686726)でヒト試験ではなく、参考になりませんでした。
試しに学術論文のデータベースPubmedで、菌名の「OLL1073R-1」で検索すると、出てくるのは13の論文。この中には細胞実験なども混じっており、人への効果を調べたのは3論文で、前述の(1)と(5)が含まれています。
企業が触れなかった論文は?
気になったのは残る一つ、同社が触れなかった2018年の論文です。これは同社の研究者によるもの。(1)(5)とは異なり、効果を検証する時には必須の「二重盲検ランダム化比較試験」を行なっており、信頼度は高いです。
その論文を読むと、試験は夏に30〜49歳の健康な人を対象に行っており、たしかにR-1ヨーグルトを食べた群の方が、R-1ではないヨーグルトを食べた群よりも夏場の疲労感スコアは有意に低い。
しかし、免疫系の指標の1つであるNK細胞活性に差はほとんどなく、夏風邪を引く割合も、両群で有意な差がありません。つまり、この論文を読む限り、風邪を防ぐとは言えません。
これらを合わせて考えると、「風邪罹患リスクを低減し、インフルエンザの抑制効果の可能性がある」と記述するには、エビデンスが不足しているのではないか。私でさえも、論文を読んで感じるぐらいですから、多くの科学者が疑問を持っています。「ヨーグルト自体は悪くない食品で、積極的に食べてもらってよいけれど、あんなことは言えないよね」という感じです。
こうした疑問、批判に対する見解も同社に尋ねましたが、「当社は、さまざまな研究成果について、研究結果に基づく事実を提供しています。 今後も乳酸菌の可能性を追求し、研究を進めてまいります」という返事でした。
明治は、商品説明では「強さひきだす乳酸菌」と宣伝し、冬場に思わせぶりなCMを流しますが、風邪やインフルエンザなどの言葉はいっさい出しません。
一方で、「乳酸菌研究最前線」では風邪やインフルエンザなどの言葉を振りまいています。「学会発表しました」などとプレスリリースもします。
それを受けて、メディアが勝手に製品と風邪やインフルエンザをリンクさせて報道し、個人もblogなどで書きまくる。これが、「インフルエンザ予防にR-1ヨーグルト」と流される情報の正体です。
伝えるメディアの責任は
とてもややこしい話を書き連ねました。科学的根拠を検証しようとすると、これくらい面倒なもの。お付き合いくださって、ありがとうございます。
整理すると、インフルエンザ予防という疾病予防効果はそもそも、食品では標ぼうできません。加えて、乳酸菌が免疫機能を上げるという根拠は希薄です。免疫系の指標の一つや二つ、上昇したとしても、人の体はとても複雑ですから、それが臨床的な意味があるかどうか、つまり体によい効果につながっているのかどうかは不明です。
本記事では乳酸菌業界のリーダー格で目立つ2社を取り上げただけで、ほかの食品企業だって似たり寄ったり、です。巧妙に情報を出しておけば、メディアや個人が勝手に製品と効果をつなげて大々的に取り上げ宣伝してくれるのです。
“免疫力”は識別ワード
実は、私には苦い経験があります。
数年前、連載していた雑誌編集部に、“免疫力”という言葉を解説してほしい、と頼まれました。雑誌やインターネットで「免疫力を上げるには……」というフレーズをよく見かけますが、学術用語ではありません。定義がはっきりしないので、私のみるところ、まともな科学者は使うのを避ける言葉です。
免疫は、外から入ってくる病原体を取り除こうとする重要な体の働きですが、過剰になるとアレルギー症状を引き起こしたり、自分自身すら攻撃する「自己免疫疾患」になったりします。そう考えれば、「免疫力を上げる」などという言葉遣いはできないし、特定の食品で感染症を防げる、という単純な話にはなり得ません。
お茶やヨーグルトの論文を読み、「この言葉を使った健康解説などがあったらまずは疑う、くらいの識別ワードと思ったほうがいい」という原稿を書きました。
ところが編集部から連絡が来たのです。「ヨーグルトは事例から外して欲しい」という依頼でした。
その雑誌に広告を出している乳業メーカーから圧力が来たわけではないようでした。その前に、どうも編集部がスポンサーに忖度したのです。
そのため、私は記事自体の掲載を取りやめてもらい、そのまま連載も終了しました。
こういう話、少なくありません。スポンサーが圧力をかけるまでもなく、メディア側が自己規制をしています。
企業、メディア、研究者、みんながお得だが、消費者は……
加えて、私が取材経験から感じるのは、研究者による悪しき連帯です。「インフルエンザに紅茶」をすぐに批判したのは、医師でした。食品の効果を検討している栄養学や農学の研究者は、声をあげません。
国や大学等の研究費が少ない日本の研究者にとって、食品企業のようなスポンサーはありがたい。うっかり批判して、後に研究助成してもらえない、なんて事態は避けたいのです。
それに、狭い世界なので、「○○に効果」と言っている研究者は友達、仲間、というケースも少なくありません。恩師がその企業から研究費を提供されていたり、自分の学生が将来、その企業に就職したいかも……。批判にブレーキがかかります。
その結果、どうなるか?
企業の根拠薄弱な「○○は効く」は、その企業にとって得、メディアにとっても、関心は高いのでテレビの視聴率は上がり、記事はよく読まれるし、スポンサーの覚えめでたくお得、多くの研究者も黙っていた方がお得、です。
批判するには、論文に目を通し、ほかにもいろいろ調べて否定してゆく地味で時間のかかる作業が必要です。「インフルエンザと紅茶」を批判するのに、冒頭で紹介した2つの記事が、執筆にどれくらいの時間をかけたことか。よほどの正義感、公衆衛生に対する倫理観がないと、できないでしょう。
圧倒的な量の宣伝、もてはやす記事と、わずかな批判と。その結果、不利益を被るのは、明確な根拠が実はないのに、「効く」と思って買う消費者。そして、消費者はそのことに気づいていません。
*後編(3月27日公開予定)へ続く
【参考文献】
・(株)水戸ヤクルト販売会社・ヤクルト中央研究所菌未来レポート
・American Journal of Clinical Nutrition・Efficacy of daily intake of Lactobacillus casei Shirota on respiratory symptoms and influenza vaccination immune response: a randomized, double-blind, placebo-controlled trial in healthy elderly nursing home residents.
・Scandinavian Journal of Immunolocy・Immune Response of Healthy Adults to the Ingested Probiotic Lactobacillus casei Shirota.
・International journal of sport nutrition and exercise metabolism・Daily Probiotic’s (Lactobacillus casei Shirota) Reduction of Infection Incidence in Athletes
・Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry・Effects of a Fermented Milk Drink Containing Lactobacillus casei Strain Shirota on the Immune System in Healthy Human Subjects
・EFSA Journal・Scientific Opinion on the substantiation of a health claim related to Lactobacillus casei strain Shirota and maintenance of the upper respiratory tract defence against pathogens by maintaining immune defences pursuant to Article 13(5) of Regulation (EC) No 1924/2006
・明治・乳酸菌研究最前線
・British Journal of Nutrition・Reducing the risk of infection in the elderly by dietary intake of yoghurt fermented with Lactobacillus delbrueckii ssp. bulgaricus OLL1073R-1. Randomized controlled trial
・Gerodontology・Effects of yogurt fermented with Lactobacillus delbrueckii ssp. bulgaricus OLL1073R-1 on the IgA flow rate of saliva in elderly persons residing in a nursing home: A before-after non-randomised intervention study.
・Nutrients・Anti-Fatigue Effects of Yogurt Fermented with Lactobacillus delbureckii subsp. bulgaricus OLL1073R-1 in Healthy People Suffering from Summer Heat Fatigue: A Randomized, Double-Blind, Placebo-Controlled Trial.
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