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- 2019年03月26日 09:23
「恥をしのんで福島に来た」「原発事故、本当に申し訳ない」。週刊誌報道で東電退職した元福島復興本社代表・石崎芳行氏が二本松市で講演。「原発は当面は必要悪」発言に怒号も
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【〝加害者意識〟欠く東電には言葉少な】
昨年の週刊文春報道を念頭に置いてか、30分ほどの講演では、何度も「ある意味、私は原発事故の生き証人。今日は恥をしのんでやって来た」、「東電を辞めて1年も経っていないので、何だもう出て来たのかと思っている方もいるかもしれません。でも、こういう機会を与えていただいた温かい心配りに応えなければいけないという想いで、生き恥をさらしてやって来ました」と繰り返した石崎氏。
「昨年、ちょっといろいろあって会社を辞めました。この1年間はほぼ自宅におりましたけれども、すっかり女房の尻に敷かれました。このまま人生を終えてはいけない。福島のために尽くす新しい道を探しているところであります」、「何としても福島の復興に微力を尽くしたい」とも語ったが、ADR和解案拒否や各地の被害者訴訟での主張など〝加害者意識〟を欠いている東電の振る舞いへの言及は無し。
東京五輪招致スピーチでの安倍晋三首相の「アンダーコントロール発言」に関しての質問には「放射性物質を含んだ大量の水は発電所の港湾施設内に影響はとどまっている、それがアンダーコントロールだ、という趣旨のご発言だと理解している」と答えるなど、「原発事故の生き証人」を自負する割には慎重な発言に終始していた。
「原子力の本質は本当に危険です。福島第一原発を造ってからの40年間に出来た事はたくさんあったと思います。危険な物を扱う技術者として企業としての責任というのは、今日よりは明日の安全を向上させる事。そういう覚悟が無ければ原子力を扱ってはいけないと思います。日本にとって原発は当面は必要悪だと思っていますが、原子力を扱う資格があるか、資質があるかどうかが一番の問題だと思います。電力会社もそれを自ら問うて今後に生かしていかなければいけないと申し上げたい」
そう強調した石崎氏だが、原発事故後の会社としての木で鼻をくくったような振る舞いをどう見ているのか。原発事故後に掲げた「3つの誓い」(損害賠償の迅速かつ適切な実施のための方策)に背くような態度をとり続けているのではないか。それを講演後に質したが、石崎氏は「加害者意識が欠如していると感じられるのであれば、それは残念です」と答えるにとどまった。
「母方のじいさんが会津で私も半分は福島の人間」とも話し、福島に寄り添う姿勢を前面に出した石崎氏の講演のタイトルは「今だから言える、生き証人として内部から見た、福島原発事故の実態」だった。原発事故後、東電は各訴訟で過酷事故の回避可能性を否定し、被曝リスクも被曝への不安も精神的損害も全て否定し続けている。そんな東電の振る舞いを〝身内〟から糾弾する覚悟と行動が石崎氏には必要なのではないか。それでこそ、被害者から信頼される真の「生き証人」となり得る。その意味では、大いに物足りなかった講演だったと言わざるを得ない。
(了)
昨年の週刊文春報道を念頭に置いてか、30分ほどの講演では、何度も「ある意味、私は原発事故の生き証人。今日は恥をしのんでやって来た」、「東電を辞めて1年も経っていないので、何だもう出て来たのかと思っている方もいるかもしれません。でも、こういう機会を与えていただいた温かい心配りに応えなければいけないという想いで、生き恥をさらしてやって来ました」と繰り返した石崎氏。
「昨年、ちょっといろいろあって会社を辞めました。この1年間はほぼ自宅におりましたけれども、すっかり女房の尻に敷かれました。このまま人生を終えてはいけない。福島のために尽くす新しい道を探しているところであります」、「何としても福島の復興に微力を尽くしたい」とも語ったが、ADR和解案拒否や各地の被害者訴訟での主張など〝加害者意識〟を欠いている東電の振る舞いへの言及は無し。
東京五輪招致スピーチでの安倍晋三首相の「アンダーコントロール発言」に関しての質問には「放射性物質を含んだ大量の水は発電所の港湾施設内に影響はとどまっている、それがアンダーコントロールだ、という趣旨のご発言だと理解している」と答えるなど、「原発事故の生き証人」を自負する割には慎重な発言に終始していた。
「原子力の本質は本当に危険です。福島第一原発を造ってからの40年間に出来た事はたくさんあったと思います。危険な物を扱う技術者として企業としての責任というのは、今日よりは明日の安全を向上させる事。そういう覚悟が無ければ原子力を扱ってはいけないと思います。日本にとって原発は当面は必要悪だと思っていますが、原子力を扱う資格があるか、資質があるかどうかが一番の問題だと思います。電力会社もそれを自ら問うて今後に生かしていかなければいけないと申し上げたい」
そう強調した石崎氏だが、原発事故後の会社としての木で鼻をくくったような振る舞いをどう見ているのか。原発事故後に掲げた「3つの誓い」(損害賠償の迅速かつ適切な実施のための方策)に背くような態度をとり続けているのではないか。それを講演後に質したが、石崎氏は「加害者意識が欠如していると感じられるのであれば、それは残念です」と答えるにとどまった。
「母方のじいさんが会津で私も半分は福島の人間」とも話し、福島に寄り添う姿勢を前面に出した石崎氏の講演のタイトルは「今だから言える、生き証人として内部から見た、福島原発事故の実態」だった。原発事故後、東電は各訴訟で過酷事故の回避可能性を否定し、被曝リスクも被曝への不安も精神的損害も全て否定し続けている。そんな東電の振る舞いを〝身内〟から糾弾する覚悟と行動が石崎氏には必要なのではないか。それでこそ、被害者から信頼される真の「生き証人」となり得る。その意味では、大いに物足りなかった講演だったと言わざるを得ない。
(了)
- 鈴木博喜 (「民の声新聞」発行人)
- フリーライター



