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異動シーズン、転勤はサラリーマンの宿命なのか? 「転勤制度」の正体とは - 立花 聡 (エリス・コンサルティング代表・法学博士)

iStock / Getty Images Plus / Qvasimodo

3月は転勤シーズン。顧客企業から異動の挨拶が殺到し、経営コンサルタントとして事務対応に忙殺されるシーズンでもある。昇格の栄転で意気軒昂たる人もいれば、行きたくもない転勤先を知らせる辞令に愕然とする人もいる。感情を露にすることを得意としない日本人でも、その書いたメールの行間を読めば、やはり言葉の端々に感情が滲み出るものだ。転勤はサラリーマンの宿命なのだろうか?

私は「転勤」でサラリーマンを辞めた

私も転勤に苦い思い出をもつサラリーマンの1人だった。20年前、香港駐在中に日本への帰任辞令を受け取ったとき、ひどく落ち込んだ。海外の仕事が大好きだった。努力よりも結果、業績しか評価しない外国人上司は鬼のように厳しかったが、業績に追われる地獄のような日々に自分の価値を見出すことで無上の幸福を感じ、そして上司に感謝していた。

帰任してみると、東京の職場は体育会系で厳然たるタテ社会の人間関係が存在し、数日も経たないうちに、「先輩を崇拝せよ」と冒頭に書かれた「職場の鬼の十カ条」たるメモを握らされた。仕事もやりたい仕事ではなかった。日々の出勤は苦痛でしかなかった。それがいずれ心の病につながるだろうと感じずにいられなかった。そのような状態で、自分も会社も満足できるパフォーマンスなど出せるはずもない。

結局のところ、私の東京勤務は半年しかもたなかった。辞表を出して海外に舞い戻った私はついに天職と巡り合い、19年間経営コンサルタントの仕事を続けてきた。そういう意味では当時、「強制的」な転勤がなければ、私の人生はまったく違うものになっていただろう。

最近、個人的な相談をよく受ける。脱サラして海外に飛び出して起業したいという若者の相談がほとんどだ。「日本国内の閉塞感が嫌で、海外で一旗挙げたい」というセリフに私は大体こう答える。「その閉塞感の中身とは何か、いま一度点検しよう」。というのは、閉塞感たるものにはある種の「守り」から来ている部分も含まれている可能性があるからだ。

「過保護」に起源する制度は時間の経過や外部要因の変化によって硬直化が生じ、それが進行して閉塞感につながる。そこで閉塞感を打開すべく、その制度から飛び出したところで、いままで受けてきた「保護」も同時に失われる。この副作用に耐え得るのか、自己耐性のチェックが必要になる。

「タテ社会」の人間関係による損得勘定

「先輩を崇拝せよ」と冒頭に書かれた「職場の鬼の十カ条」たるメモをもう一度考えてみよう。それを一方的に批判するだけでいいのか。

上位者を崇拝することは、上位者を無条件に信用することだ。思考停止をも意味する。しかし、思考停止すなわち悪かというと、そう簡単に答えは出ない。論理的な議論をやめ、上位者に無条件に従う代わりに、上位者が守ってくれる。タテ社会の人間関係からは一定の秩序が生まれる。それが構成員に利益をもたらす場面も多々ある。いや、その利益目的でタテ社会の人間関係がつくられたのかもしれない。

日本人が善とする「安心」や「保障」もある意味で、このタテ社会の人間関係から生まれている。たとえば、日大アメフト部の悪質タックル事件を例にしよう。2018年5月29日、日大アメフト部の部員たちは声明文を発表した。そのなかに、こんな一節がある――。

「これまで、私たちは、監督やコーチに頼りきりになり、その指示に盲目的に従ってきてしまいました。それがチームの勝利のために必要なことと深く考えることもなく信じきっていました」(参照:観客席の悲劇、日大アメフト事件の本質をえぐる)

これはまさにタテ社会の人間関係の写実である。先輩や上司の指示について、それが正しいことかを考える余地がない。論理性どころか、善悪を基本的な倫理観で判断することすら本能的に放棄している。先輩や上司を崇拝する典型的な表現である。

崇拝とは神を信仰する宗教次元の話である。宗教は信ずること、哲学は疑うこと。信じてからは疑えない。疑ってはじめて信じ得る。疑うことは、信じ得る根拠を得るための前提だ。しかし、タテ社会の人間関係はある意味で、哲学を排斥し、宗教を第一義的に捉え、「信じる」ことを善とする。

上位者に対する信用や従属と引き換えに保護を受ける。見返りに利益や福利が期待される。日大アメフト部の部員たちいわく「深く考えることもなく信じきっていた」、そこに表出される思考停止の現象もこの法則とぴったり一致する。

さらに、上位者への無条件の従属という延長線上で、上位者が指示や意思表示を明言しなかった場合には、「忖度」の必要性が生じる。忖度は一種の「思考」であるが、ただしその正体は物事に対する論理的思考や倫理的判断ではなく、上位者の本音となる意思を推し量る作業にすぎない。

明示された上位者の指示に従う「低次・顕在的従属性」と、黙示された上位者の意思を忖度する「高次・潜在的従属性」という複合的従属性によって、組織内における保護や利益・福利を受ける度合が決まるというのが、日本式タテ型社会のメカニズムなのである。俗にいうと、「上のいうことを聞けば出世する」という仕組みだ。

転勤制度の正体とは?

転勤制度は、「低次・顕在的従属性」グループに属し、日本企業の正社員制度の基盤である。

正社員の雇用といえば、解雇しない(できない)ことが大前提になる。ただ、いくら正社員だからといって全員が優秀で定年まで勤め上げるとは限らない。どうしても適格ではない社員が出てくる。そうした社員を解雇できない場合、何らかの方法で調整する必要が生じる。そこで「人事権」の出番になる。

「人事権」とは何か。人事権という概念は、法律概念ではなく、法律によって直接定義されている権利ではない。雇用者である会社は、労働契約等に基づき、労働者の配置や異動・配転、賃金調整、人事考課、昇進・昇格・降格の権利を有すると解される。その権利を「人事権」という。

実は「解雇権」も広義的属性において、人事権の一部として解釈され得るが、解雇行為との相互関係を比較するうえで、意図的に切り離して解説したい。したがって、拙稿における「人事権」とは、労働者の雇用期間中における地位や処遇の変動に関する雇用者である企業の一方的決定権限という限定的解釈を用いている。

日本企業は実務面において、正社員に対して「解雇権」をもたない代わりに、広範な「人事権」を有している。転勤を含む異動の辞令を会社が基本的に不自由なく発令できるのは、その表れである。一種の「give and take」たる「対等の取引関係」とさえいえる。転勤制度は「低次・顕在的従属性」グループに属している以上、社員は原則として辞令を拒否することができない。ただ、法律面で社員が転勤命令に対して拒否権を有しているか否かは、ケースバイケースで複雑な問題であり、詳述を割愛する。

雇用慣習や企業運営の基本的メカニズムとして、社員がもしこの種の「低次・顕在的従属性」を拒否した場合、つまり終身雇用制度上の基本的権利義務を拒否すると見なされるだろう。そこでたとえ転勤命令を拒否して即時解雇されなくとも、後日に受け得る人事上の不利益、特に潜在的不利益を覚悟しなければならない。これを、この種の「give and take」を素直に受け入れた社員との不公平を回避するために付される「バランシング制裁」として捉えれば、不当とは思えない。

戦後の高度成長期を背景とする正社員終身雇用制度の一部として生まれた転勤制度は、その合理性と正当性を有していた。しかし、日本の「終身雇用」は崩壊しつつある(参照:崩壊に向かう日本の「終身雇用」)。それは「約束手形」の不渡りを示唆するものである。終身雇用を保障できないとなると、「give and take」という関係における双務性が崩れる。であれば、会社が社員に人事辞令を発し、一方的に転勤・異動させることもできなくなるはずだ。

したがって、終身雇用メカニズムの希薄化には、転勤制度も同期して弱化されなければならない。数年後の日本は、3月の「転勤ラッシュ」が完全に消えるまでいかなくとも、風物詩たる地位を失うかもしれない。

連載:迷走する日本の「働き方改革」への処方箋

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