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内田裕也・樹木希林夫妻が「独特」でも「奇妙」でもない理由

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 終身名誉何がすごいのかよく分からない人、内田裕也が先週亡くなった。昨年、妻・樹木希林が鬼籍に入ってわずか半年あまりのことだった。

 音楽的には特に思い入れのある人物ではなかったのだが、この人と樹木の夫婦関係にだけは、注目してしまうところがあった。

 昨年9月15日に亡くなった妻で女優の樹木希林さん(享年75)とは40年以上の別居婚を通してきた。個性的な2人の独特な夫婦関係だったが、2人にしか分からない強固なきずなで結ばれていた。

40年別居…内田裕也さんと希林さんの強固な夫婦愛 - おくやみ : 日刊スポーツ

  訃報が広まってから今まで、この手の説明が無数に広まっている。

 彼らの関係をこんなふうに「独特」だとか、あるいは「奇妙」だという表現がまるで当然のように使われている。

 しかし、はたして本当にそうなのだろうか。

 「みんな一緒」でないと気がすまない人はいつの時代もいるもんだ。内田・樹木夫妻を「独特」「奇妙」と評する心理の背景には、夫婦のあり方に「みんなこうであるべきだ」という「標準」が仮想されていることを意味する。


 例えば「土日は夫婦が一緒に過ごすのが当たり前」という価値観を持つ人は意外なほど多い。休日、夫や妻が単独で飲み会などに顔を見せたら、不思議がり、「奥さん、今ごろ浮気してるよ(笑)」とつまらない冗談を言ったり、夫婦の不仲を疑ったりしてみせる。

 決まってそういうことを言うのが、結婚願望の強い独身男性である。「だからお前は結婚できないんだぞ」というド真ん中の豪速球を投げ込みたくなる衝動をグッとこらえて、こちらはヘラヘラ笑ってやり過ごすのだけど。

 そういう「普通」をこよなく愛している大衆の期待の真逆を行くような、眉をひそめるような夫婦の一例が、例えば内田・樹木夫妻であったのだろう。

 はたして内田・樹木夫妻は「個性的」で「奇妙」で「異常」だったのだろうか。ぼくはそうは思わない。夫婦など所詮は、「元他人」なのである。実の親子でさえもうまくいかないのであるから、夫婦で「普通にうまくいく」方が奇跡的ではないか。

 かといって内田・樹木夫妻を美化をしようとはさすがに思わない。どう考えても内田によるDVはいただけない。その上、それでも離婚を拒否した樹木もよく分からない。

 しかし、所詮、よその夫婦なんて「よく分からない」ものなのだ。長年夫婦をやっていれば、愛や情だけで語れるわけではあるまい。怒りも憎しみも軽蔑も諦めもがごっちゃごちゃなった混じり合った関係性。別れないのは、一種のこだやりであり、執着なのかもしれない。

 ただ1つだけ確信を持って言えるのは、夫婦は通りすがりの他人が普通だ異常だととやかく評価できるような代物ではない、ということだ。

 そんなもんだから、結局夫婦のあり方に「正解」なんてない。

 「まあ、いろいろあったけどさ、最終的に俺/私はお前の味方だよ」、その最低限の了解さえとれていれば、それ以外はどんな形だって存在し得る。内田・樹木夫妻はその一例なのである。

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