来年2020年は「東京五輪」の年ですが、アメリカ人にとっては「大統領選」の年で、早くも、大統領候補を巡る話題がメディアを賑わしています。
共和党からは現役のトランプ氏が再選を目指して出馬するでしょうが、焦点は民主党候補。
つい先日のニューズウィークの日本版サイトには米国在住の冷泉彰彦氏による「大混戦の民主党予備選、結局笑うのはトランプかも」と題するコラムが載っていました。
そのトランプ氏有利というのは「現時点では、ちょうど働き盛りの年齢の候補がカリスマ性をメキメキと発揮して輝く」ような候補が民主党には見当たらないから、ということのようです。
ところが、最近、プラスマイナス含めて、連日、メディアに登場する民主党の人物がいます。その名をBeto O’rourke、ベト・オルーク氏です。
火をつけたのは多分、発行部数100万部以上とされる米国の月刊誌Vanity Fair最新号の長文のカバーストーリーです。これが、その表紙。

テキサス州エルパソ育ちの46歳。エルパソ市会議員、連邦下院議員3期を勤めた後、昨年の中間選挙で上院議員を目指すも果たせず、今回、正式に民主党大統領候補に名乗りを上げたばかり。
その出馬声明前に取材、執筆された記事で引用された彼の出馬に向けた決めセリフが話題になりました。
“I’M JUST BORN TO BE IN IT”
下手な和訳はやめときますが、レースに向けた強烈な意思表明を感じませんか。
そして46歳という若さと、この男っぽい風貌(私なぞは昔々のテレビ映画「ライフルマン」のチャック・コナーズを想起しました(古〜い))、そして若かりし頃はパンクバンドで活動したのち名門コロンビア大に進み、その後、ウェブ事業で成功、という華麗な経歴と相まって、一気に話題を呼びます。
その人気沸騰ぶりは政治献金の集まり具合に現れます。出馬表明後のたった24時間で610万ドルが集まりました。しかも全て12万8千人の個人からのものです。一人平均47ドル。
そして、メディアの一部では「ケネディの笑顔を持ったカリスマ政治家」だとか「オバマ前大統領に信頼されている」などと持ち上げられ、昨日のシカゴトリビューンには「Is Beto O’Rourke another Kennedy or Obama?」という記事まで出ました。また今日のNYタイムズには「Is Betomania Real or Phony?」(ベトマニアは本物か偽物か)という長文記事が載りましたが、それへのコメントが21日昼前で1278件も付いています。
で、これからがこのブログで取り上げる本題なのですが、この異様な盛り上がりに反動的な動きが即座に出ていました。それは、Vanity Fairの記事が出て間も無くの3月15日付けのロイター配信の記事です。
「調査報道」と銘打った「Beto O’Rourke’s secret membership in America’s oldest hacking group」という長文の記事です。そこには、オルーク氏について知っておくべきことについて、「銃規制を支持、黒人差別反対論者」「若い頃に酒酔い運転で逮捕された」「ケネディの笑顔を持つカリスマ政治家」「パンクバンドをやっていて、46歳の今はスケボーをやってる」などの比較的好意的な記述の後、こう続けます。「みんなが知らないこと」
「10代の頃、彼は米国の歴史で最も古いコンピューターハッカーのグループに所属していた」 なんだか悪意を感じる”落とし方”です。
「彼が、危険なハッキング行為を行ったことを示すものはない」としながらも、「しかし、10代のことだとしても、自らのダイアルアップモデムで長距離電話サービスを盗んだり、当時の掲示板に、子供を車で轢いたという殺人ファンタジーを書いた人物を、米国が大統領を競う人物として受け入れるかどうか不明だ」と”問題”を投げかけたのです。
そのグループというのはCDC(Cult of the Dead Cow)というもので、ここのメンバーからは、のちにDARPA(国防高等研究計画局)のサイバーセキュリティ担当トップに招かれた人物のほか、シスコシステムズやFacebookのセキュリテイ部門トップがいるなど、とてもレベルが高かったようですが、オルーク氏自身は18歳で大学に入った時点で、CDCを離れています。
しかし、当時の仲間は、2006年に彼がエルパソ市議になった時点で、オルーク氏がCDCに関わっていたことを内緒にしておくことにした、とのこと。それが、今日まで守られてきたのですが、どこからか、漏れてきたのですね。いや、共和党政権側からの早手回しの「カリスマ候補潰し」とは言いませんが。
まあ、一昔前なら、「ハッカー」と名指しされただけで、鼻摘まみ的な存在になったかもしれません。そこを昔のCDCの仲間は気遣った。素敵な話ですが、AXIOSは「A candidate judged on teenage posts」とする記事でこう書きます。
「オルーク氏は高校時代の投稿記事で大統領候補に相応しいかどうかを判断される最初の人物だ」
その危険性を感じたのでしょう。オルーク氏自身、ロイターの記事が配信された17日に早速、アイオワでのポッドキャスティングの収録で反省の弁を述べたそう。
AP通信が同席者の言として伝えたのは「(掲示板への投稿記事を)今読むと心が痛む。信じられないほどきまりが悪い。しかし、自分の言葉には責任をとらねばならない」というオルーク氏の発言。
実は、オルーク氏の投稿記事は大昔のパソコン通信時代のものですが、CDCの存在が大きかったせいか、その記事はネット時代になっても保存されているのです。(その一例がこれ。オルーク氏が1987年に書いた一文です)
30年以上も昔の、パソコン時代の記事が突然、人生の行く手に現れて物議をかもす。便利なデジタル時代の恐ろしさですね。そして、誰もが気軽に投稿するFacebookのようなソーシャルメディアの時代は、CDCのようなエリートハッカー集団に属していない誰もが、将来、足元をすくわれかねないということでもあるのでしょう。
ただし、CDCが”悪者”ハッカー集団ではなかったことが周知されれば、逆に、オルーク氏に有利に働く可能性も感じないではありませんが、その先行きはAXIOSが懸念しているように不透明です。