- 2019年03月19日 12:22
1度目は法律婚、2度目は事実婚を選びました──水谷さるころさん
1/2
人生100年と言われる時代に、今このタイミングで一生の愛を誓っていいの? 失敗したらどうしよう? これまでキャリアを築いてきた自分の名前を変えたくない──。そんな思いが頭をよぎって、「結婚」を躊躇している人もいるかもしれません。
そんな時、「事実婚」という選択肢が浮かんできたとしても、まだまだ一般的ではないその選択肢に懐疑的な人もいると思います。法律婚を前提につくられている社会で、不利益を被(こうむ)ることはないのかな? そもそも「法律婚」と「事実婚」って何が違うの?
そんな思いをもとに、「法律婚」と「事実婚」、そのどちらも経験されているイラストレーター・マンガ家の水谷さるころさんにお話を聞きました。
1回目の結婚では、「結婚生活をなめていた」ことに気づいた
水谷さんは30歳で初婚を経験されていますが、結婚する前はどんな「結婚観」を持っていたんですか?
当時は、「結婚=籍を入れるもの」「結婚=幸せ」という図式になんの疑問も抱いていませんでしたね。
というのも、自分が生まれ育った家族のあり方に影響を受けていまして。
どんなご家庭だったんですか?
うちは、父が稼いで母は専業主婦、夫婦仲も超円満、郊外の戸建てに住み、4人姉弟全員が都内の私立校に通うといった、昭和後期の典型的な「恵まれた家族」でした。
しかも、父はいわゆる亭主関白でもなく、お酒も飲まず、母にも私たちにも優しい人。
絵に描いたような幸せな家庭で育ったんですね。
そうなんです。だから、結婚すれば両親みたいに幸せになれると思い込んでいて、私も時期がきたら結婚するものだと信じて疑わなかった。「とにかく結婚したい」と思っていましたね。

結婚相手に求めることはあったんですか?
それが、私が結婚相手に求めていたのは、「一緒に暮らして話し相手になってくれること」のみだったんです。お金を稼いで養ってくれなくてもいいし、家事もやらなくてもいい。
だから、アラサー当時付き合っていた彼に、「共働きで、家事も全部私がやるから大丈夫!」と宣言して、結婚したわけです。
なんともたくましい宣言……。ですが、共働きで家事も全部ひとりでやるのは、とても大変なことですよね。
完全に結婚生活をなめていましたね。私はそれまでもずっと、家で仕事と家事をしていたので、一人分増えるくらいどうってことないと思っていたんです。
でも実際は、負担がどんどん増えていきました。彼にとっては「家事はやってもらって当たり前」。かといって「私がやるから」と言ってしまった以上家事も仕事も、自分だけが頑張らないといけない関係性に疲れてしまって。
結婚の良い面ばかり見ていたので、自分を助けてくれない人と暮らすのが辛いということが想像できてなかったんです。
それはしんどいですね……
「結婚したんだから、旦那さんに養ってもらうんでしょ?」と、ギャラの値下げ交渉をされた
それなのに、周りからは「夫に養ってもらっているんでしょう」という目で見られていたんです。結婚してはじめて、女性は男性の所有物とみなされることがあるんだなと気づきました。
具体的には、どんなことがあったんですか?
一番衝撃的だったのは、結婚を理由に、ギャラの値引き交渉をされたことですね。「結婚したんだからお金に困ってませんよね? 旦那さんに養ってもらうんだからいいでしょう」と。
えっ……!
「女性の収入は家庭の補助である」という先入観を潜在的に持っている人が、いまだにいるんです。安くしたいという前提があって、その理由としてうっかり口にしただけかもしれないけれど、男性には言わないですよね。
なんとも不平等な話ですね……。
一方、元夫は結婚して「妻を養っていく覚悟ができた」と社会的評価が上がっている。その時に、私は「ブランディングが必要だった」と反省しましたね。
ブランディング?
はい。結婚した女性が世間からどう見られるのかを、もっと考えなきゃいけなかったんだなあって。私の場合、「結婚してもずっと仕事を続けていきます」アピールをもっとしないといけなかった。
私は「親が喜ぶようなちゃんとした結婚式」を挙げたせいで、「家庭に入って悠々自適な生活を送るんだな」と勝手にイメージされちゃったんですよね。

結婚生活の実態と周りのイメージのギャップがあったんですね。
水谷さんのお母さまは専業主婦ですが、水谷さんにその考えが一切ないのはなぜですか?
やりたい仕事ができているからですかね。私は幼い頃から絵を描くのが好きで、それを仕事にして生活できていたので、続けていきたいし、向上心もあった。
母の時代は、結婚することが家を出る唯一の手段で自立の道だったけれど、私たちの時代は女性が働くことも当たり前。結婚して仕事をやめる選択肢を最初から持っていませんでした。



