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行き過ぎ感のある芸能界の「連帯責任」

■薬物使用で連帯責任の是非

 有名な俳優が死亡すれば、その俳優が出演した過去のテレビ番組の特集が組まれ、有名なミュージシャンが死亡すれば、そのミュージシャンの過去のヒット曲を集めたCDが発売される。

 しかし、有名な俳優が薬物を使用していたことが判明すると、その俳優が出演している現在のテレビ番組だけでなく、過去に出演した映画やドラマも全てお蔵入り(販売中止)することになる。

 奇しくも、俳優でミュージシャンでもあるピエール瀧氏がコカイン使用で逮捕されたことで、この風潮を疑問視する声があがっているようだ。

 個人的には、これは確かに行き過ぎだと思う。現在撮影されている映画やテレビ番組は、当の俳優が逮捕されれば物理的に撮影不可能になり、倫理的にも世間の空気が許さないだろうから中止になっても仕方がないとは思う。(代役を立てれば中止する必要は無いと思う)

 しかし、過去に出演した映画まで販売中止、レンタル中止というのは、犯罪者に対する罰の範疇を超えて、何の罪もない多くの関係者や消費者に迷惑をかけるだけだと思われる。

 他人に対して殺人や強姦を犯したというなら、その俳優が出演している映画がお蔵入りするのはやむを得ないかもしれないが、更正可能な個人の罪で他の全ての関係者が迷惑を被るというのは行き過ぎだと言える。

 その人物が出演している映画を観るか観ないかは、各消費者が決めればいいことであり、「犯罪者が出演している映画なんて観たくない」と思う人は観ないだろうし、薬物に手を出した俳優が過去に出演している映画を観たからといって、その映画を観た人が薬物に手を出す危険性が上がるわけでもない。

■「個人の罪」を「全体の罪」にすり替えるリベラル

 例えば、1000人のキャストが出演している映画で、1人が犯罪行為を行えば、残りの999人のキャストも全て連帯責任に負うことになり、映画製作に関わったスタッフも全て連帯責任を負うことになる。

 これは、1000人の会社で1人が犯罪行為に手を染めれば、残りの999人および全株主、つまり会社そのものが連帯責任を負うようなものである。しかし、通常はその罪を犯した人物を解雇することで、会社の責任は免れるはずだ。

 芸能界における連帯責任も、その他の例に漏れることなく、現代の日本における可笑しな風習の1つだと言える。さらに可笑しなことは、日頃から「個人を尊重せよ」と言っているリベラル界隈の人々が、こういう時だけ「個人」の責任を無視して、「全体」の責任に転嫁してしまうところだ。

 リベラルが「個人の権利」に拘るのであれば、あくまでも「個人」の責任として取り扱えばいいと思うのだが、なぜかこういう時だけ「連帯責任」になってしまう。そのせいで、何の関係もない人々が「被害者」になってしまう。

 たった1人の犯罪行為によって、残りの全ての人々が水面下で連帯責任を背負わされ、被害者になってしまうという社会の構図、この風潮は考え直した方がよいかもしれない。

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