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反・贈与経済論

内田樹氏が二度に渡って「贈与経済」について書いている。(一つは再録。)

「贈与経済」論(再録)

経済成長の終わりと贈与経済の始まりについて

いずれも言っている事は基本的に同じであるが、彼の文章は一読して奇妙な点があるので、それについて論じよう。まず、彼の文章が分かりにくいという読者も多いので、簡単にまとめておこう。

  1. 身体が欲望の基本であるが故、欲望には限界がある。
  2. その限界に達すると、商品への欲求が無くなって経済成長が鈍化する。
  3. 更に経済成長をするために「金で金を買う」経済活動を行い、経済成長が終わる。
  4. だから、昔に戻って「贈与経済」にシステム変換すべきだ。
  5. 贈与経済とは、何の見返りも無く余分なお金を回していく事で成立する経済システムである。
  6. 贈与経済がうまく働くには、「成熟した市民」にならなければならない。


さて、内田氏への反論に入る前に、「贈与」を含む「交換」についての考え方を整理しておこう。ここでは、図式を分かりやすくするために、人間が2人しか存在しない世界を考えてみよう。

一般的に交換と言えば、「物々交換」とか貨幣を媒介とした「市場での売買」等を思い出すが、これは交換の一部にすぎない。こうした市場での取引を中心とした経済が「市場経済」である。世界にいる二人は、相手が持っている商品を物々交換したり、貨幣で買いあったりする。

他の交換は何だろうか。一つは「贈与経済」、もう一つは「略奪経済」である。

贈与経済とは、2人だけの世界で言うなら、相手に何かを与え、その相手はお返しとしての何かを渡すのだ。勿論、実際の世界では同一人物に渡すとは限らない。結果的に色んな物が世界中を廻っていく。この「お返し」という考え方が極めて重要なのだが、これについては後で触れよう。

略奪経済はもっと分かりやすい。相手から物を奪い、そして、相手は奪い返すわけだ。世界に人が沢山いた場合、どういう世界かは想像可能だろう。

今 ここで交換を3つに分類したが、この3つを明確に区別し、経済における交換の方法が変化していくという見方は、実は古いものである。次の図は、それぞれの 交換を単純化したものだ。略奪だけの経済、贈与だけの経済、市場だけの経済いずれを見ても、複数人(図では2人)の間で「何か」(リンゴでも自動車でも何 でも良い)が交換されている事には変わりが無い。



略奪から贈与へ、贈与から市場へという風に、歴史が発展していくという唯物史観なり社会進化論なりの見方は、嘗ては主流だったが、随分前から批判が多い。特に、「市場経済は新しいものという見方」は間違いであるという意見も少なからず存在する。直感的に言えばこうだ。いつの時代だって泥棒はいるし、財産を他人に譲渡する人はいるわけだ。市場での交換もかなり昔から行われている。

だから、内田氏が言うように「昔に戻って「贈与経済」をやればいいんじゃないか」というのは、引っかかるものがある。「嘗ては贈与経済が中心の社会」という見方は、『贈与論』で有名なモース等、いわゆる「構造主義者」が陥った「知らず知らずのうちに西洋中心主義の枠組み」の見方だ。内田氏は、寧ろ贈与経済を市場経済の上に置いているが、少なくとも社会進化論的な見方で考えている事は否めない。

とは言え、モースが分析したポトラッチのような「贈与」を民族内で継続的に行う習慣(決して贈与だけをやっていたわけではないが)はあるので、「贈与経済」という枠組みそのものを否定する事は出来ない。しかし、内田氏が言うような「何の見返りも無い」贈与というのは何か。内田氏が言う贈与についての言及を引用しよう。

贈ったことで、その相手に屈辱感を与えたり、主従関係を強いたり、負い目を持たせたり、あるいは恨みを買ったりすることがないように、気持ちよく、生産的 にお金を渡すことができ、かつ、そのお金がその人においてもまた退蔵されずに、その人が救われて、さらにその人が次の人にパスしてゆくときの原資となる。


しかし、「屈辱感」、「主従関係」、「負い目」、「恨み」が発生しないような贈与というのは基本的に想定しにくい。特に、内田氏は「過去の贈与経 済」を理想化しているが、ポトラッチにせよクラにせよ、競争心や名誉心と結びついており、何の後ぐされもない「贈り物」というのは考えにくい。実例から見 る限り、贈り物を渡すと、相手から「感謝」を受けたり、あるいは「返さなくてはいけない」というような「負い目(参考:貸し借りの人類学)」を持ったりする人が多いだろう。(一般的に互酬性というのを知っている人は多いだろう。家族とか狭い共同体内でなら、そういう贈与もあり得るが、グローバル化が進むほど、文化的衝突が起こりやすくなるだろう。だからと言ってグローバル化に反対しないが。)

当然、「互酬性が全く無い贈与」が無い事を証明する事は私には出来ない(悪魔の証明だ。)。内田氏なら、「そういう贈与があり得るという想像が出来ない」とでも言うかもしれない。ならば、彼が言う「贈与」の存在を仮に認めよう。

すると、今度は「市民的成熟」がネックとなる。あくまでも時間をかけて、段階 的に物事を学んでいくことで、、「他者との共生」が出来るようになっていく(かもしれない)というわけだ。となると、「嘗ての贈与が主流だった時代(そう いう仮定だ)」の人間は「市民的成熟」に達しており、最近の人間の方が「市民的成熟に達していない人が多い」という事になる。

彼の一貫した「成熟を待て」というスタンスは、彼の「贈与経済に戻ろう」という言及と矛盾する。彼の仮定(①贈与経済から市場経済への移行、②見返りの無 い贈与が存在)を認めれば、時代を経る毎に人類は「進化」どころか「退化」している事になる。寧ろ、交換の3形態で見れば、贈与経済から市場経済に移り、 いずれは略奪経済になるという見方の方が一貫したものになる。

勿論、略奪経済になるというのは、内田氏の論理を徹底した場合の話で、そうなると主張したいわけではない。ここで言いたいのは、あくまでも内田氏が「肝心な議論の前提をぼかして主張をしている」せいで、論理が一貫していないという事だ。


では、内田氏への批判点をまとめておこう。

  1. 内田氏は、暗に「贈与経済→市場経済」という社会進化論的な見方を前提にしている。
  2. しかし、彼は、贈与経済は市場経済よりも優れたものであると考えている。
  3. ここでの「贈与」は、経済人類学等で言われる互酬性に基づいた贈与とは異なる概念である。
  4. 「贈与」が出来る人が「市民的成熟」に達しているとすれば、人類全体としては、成熟どころか退行していることになる。

主要参考文献
マルセル・モース『贈与論』勁草書房
内田樹『「贈与経済」論(再録)』
内田樹『経済成長の終わりと贈与経済の始まりについて』

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