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若手「自己責任論」が覆い隠すもの

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 つまり、「谷間世代」が20万円という日弁連の「誠意」に納得し、いまや多数を占めている「改革」論議や経緯を知らない「改革」後世代の会員が、諦念と躊躇のもとに沈黙するなかで、「改革」世代が責任を問われることなく、先の見えない「改革」路線が大きく変更されることなく続くこと。これがいまや、弁護士会主導層にとっての、望ましい形なのではないか、と言いたくなるのです。

 その過程では、当然、期待を未来につなげる話が繰り返されます。弁護士のニーズは、増員政策と弁護士たちの工夫と努力の先に、いつか顕在化して、増員弁護士を経済的に支えるはず、今、進められている法曹養成制度の変更も、やがて志望者回復につながり、弁護士の経済的魅力もやがて回復し、法曹界の適材確保につながる。要は、明るい未来が来る、今は厳しいが、いずれ「改革」が正しかった、と評価される日が来るのだ、と。

 思えば、冒頭の自己責任論にしても、自ら志望した若手の姿勢を批判できるほど、正しい情報を提供していたのか、有り体にいえば、いいことばかりを切りぬいて、本来それこそのちのち責任が問われていいはずの、甘い見通しが垂れ流されていなかったのか、という問題だってあります。もっともいまや詐欺的といわれている法科大学院修了者の司法試験合格率についての、当初の触れこみ(「7、8割程度」合格)にしても、「実現不可能を見抜けたはず」と期待した志望者の見識をなじる意見もあったくらいですから、自己責任とは本当に、一方に都合のいい使われ方をされるものです

(「『資格商法』とされた法科大学院制度」 編集長コラム「『飛耳長目』~ジャーナリスト解放と日本の『自己責任』論の正体」)。

 しかし、そのこともさることながら、こうした自己責任論によって、「改革」の結果を直視しない姿勢は、これからこの世界を目指そうとする志望者には、もちろん何の「説得力」はなく、それを見切った彼らを、より遠ざけるものにしかなっていない。そして、「改革」を肯定するために繰り出された、未来に期待をつなぐ言葉によって、見切れなかった志望者には、新たな自己責任論と悲劇が待ち受ける――。この「改革」の現実と推進派の姿勢には、やはり二重三重の罪深さを見てしまいます。

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