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「実践の楽観主義」をもって、社会に風穴を開けていく / 『「当たり前」をひっくり返す』著者、竹端寛氏インタビュー

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いまの日本社会で「別の可能性」を想像することはきわめて困難だ。それは「当たり前」だとされていることを疑えなくなっているからではないか? 過去にそうした問いを掲げた三人の先人たちがいた。イタリア人のフランコ・バザーリア、スウェーデン人のベンクト・ニィリエ、そしてブラジル人のパウロ・フレイレ。『「当たり前」をひっくり返す』の著者、竹端寛氏に、いまなぜこの三人が重要なのかをお聞きした。(聞き手・構成 / 芹沢一也)

――最初に本書を執筆しようと考えた動機から教えていただけますか。

物事を根源からちゃんと考えてみたい、と思ったからです。

常識とされていることが、何かおかしい、違う、と思っても、「みんなそう言っているから」「世間ではそうなっているから」とスルーしてしまうことって、ありますよね。とくに、自分にあまり関係のないことなら、なおさら。でも、僕はこうやってスルーしているうちに、その「おかしい何か」が「所与の前提」になっていくプロセスを眺めていて、その抑圧性や暴力性が気になったのです。そして、その抑圧性や暴力性が、今の日本社会の生きづらさや閉塞感の根源にあるのではないか、と思うようになりました。

そう思ったときに、本書の三人の主人公のことが頭に浮かびました。この三人は、抑圧や暴力にさらされる側に立ち、世の中の常識を徹底的に疑い、そうではない別の可能性、別の現実を作り上げた、優れた思想家であり実践家です。そんな三人の生き様を交錯させることで、今の日本社会の閉塞感やしんどさを乗り越えるヒントが得られるのではないか。そう思って、書き続けてきました。

――おっしゃるように、いまの日本社会では「別の可能性」を想像するのがきわめて困難ですよね。「三人の主人公」について簡単にご紹介いただけますか。

一人目は、イタリア人のフランコ・バザーリア(1924-1980)です。精神科医の彼は、1960年代から精神病院長として病棟の開放化を進め、1970年代に入るとトリエステの精神病院を閉鎖し、その後イタリア全土の精神病院閉鎖を定めた「180号法」の立役者でもあります。トリエステは、精神病院なしで地域精神医療を展開するモデル都市として、今でも世界中から見学者が訪れる場所となっています。

二人目は、スウェーデン人のベンクト・ニィリエ(1924-2006)です。彼はスウェーデンの知的障害者親の会のオンブズマンとして、知的障害者の入所施設改革に力を入れる中で、入所施設というアブノーマルな環境を変えるべきだとして、1969年に「ノーマライゼーションの原理」を提唱し、世界中の障害者入所施設解体の原動力になった人物です。スウェーデンでは2003年に実際に入所施設はゼロとなりました。

三人目は、ブラジル人のパウロ・フレイレ(1921-1997)です。教育学者として識字教育に関わっていた彼は、知識を暗記型で詰め込むだけの「銀行型教育」の抑圧性や暴力性に気づき、教育を受ける側の主体性を尊重する「問題解決型教育」の必要性を訴え、1968年に『被抑圧者の教育学』を執筆。世界中の教育・思想界に大きな影響を与えました。

――三人についてもっと詳しく教えてください。まずバザーリア。彼は精神医療の何を問い直そうとしたのでしょうか? 

彼が問い直そうとしたのは、狂気や精神病院そのものでした。狂気を、「普通の人とかけ離れた異常な言動をしていて、他者の注意やコントロールも効かない状態」と捉え、であるならば、「自分を傷つけ他人に害を与える可能性のある人を、社会から強制的に隔離するのもやむを得ない」という視点に立って精神病院が作られ、自由の剥奪も「必要悪」として社会的に認識されてきました。

一方、バザーリアは精神病院長になってすぐ、患者も医療者も自由に話し合える対話集会(アッセンブレア)をスタートさせます。彼はこの対話の場を通して、狂ったように⾒える⾔動の背景に、「⽣きる苦悩」が最⼤化した状態があることを、患者たちから教わります。その中で、彼は「病気」ではなく「生きる苦悩」をこそ支援すべきであり、「生きる苦悩」を最小化するためには、精神病院での隔離や拘束には意味がないことに気付きました。

すると、彼自身も信じてきた従来の精神医療の体系そのものへの根本的な問いも出てきます。縛ること、閉じ込めること、薬漬けにすること。これらは、患者の行動を沈静化させることには役立つかもしれませんが、患者自身が暴れる・異常な言動をするに至る「生きる苦悩」を鎮めることには役立ちません。ならば、精神病棟の中に閉じ込めるのではなく、地域での暮らしを取り戻すのを支える中で、患者と対話する中で、精神医療としてできること、患者にとって意味や価値のある支援を一から模索しようとし始めました。

その中で、彼は医療者の持つ特権性をも問い直す営みをしていきました。白衣や閉鎖病棟の鍵が医療者の権威として機能し、支配や抑圧的な関係性を生みやすいので、白衣や鍵なしで、患者との対等な関係性を目指した医療への転換をスタートさせたのです。

――そうしてイタリアでは精神病院が解体されていったんですね。

はい、ただ注意しなければならないのは、たんに精神病院が解体されるだけではだめなのです。

「脱・施設化(de-institutionalization)」という概念があります。これは精神病院や入所施設などを閉じて、地域生活支援に切り替えていく、という風に、一般には理解されています。しかしながら、脱施設化の後の受け皿として期待されたグループホームの現場において、収容人数は100名定員から10名程度になり、場所は山奥から街中の住宅地に変わったとしても、グループホーム内での「きまり」が多かったり、職員が強圧的・支配的であったり、という形で「ミニ施設化」している現状が、21世紀の日本でも見られます。つまりは、施設を脱しても、「施設の論理」を脱しきることができていないのです。

一方、バザーリアが大切にしたのは、支援関係において「支配・管理・抑圧」をどう取り除くか、という観点でした。これは、精神病院に限らず、少人数で大人数を管理支配する「収容所」的な「施設の論理」をどう否定するか、ということです。その意味で、バザーリアの取り組んで来たことは、たんに巨大施設をなくすという「脱・施設化」ではなく、管理や支配をどう脱するか、という「脱・収容所化」と捉えた方がよいと思っています。

これは、バザーリアに限ったことではありません。1970年代にバザーリアが活躍し、弟子たちも育ったイタリアのトリエステでは、地域精神保健において「支配・管理・抑圧」をどう取り除くか、が今でもすごく大切にされています。世界中から見学や実習生を受け入れているだけでなく、自分たちが今の時代に「収容所の看守」にならず、自由を大切にした治療や関係性構築をどのように維持し続けられるか、を考え合う国際会議も年に一度、開いています。

また、フィンランドの西ラップランド、ケロプダス病院でスタートしたオープンダイアローグは、バザーリアとは別のかたちで、「支配・管理・抑圧」を取り除く対話を中心にした精神医療の新しい形です。トリエステでも大きな話題になりましたが、「僕たちがやってきたことと同じだ」と評価されています。このあたりのことは、本書の第三章や第八章で取り上げています。

――ご著書を読んでいて、「施設という化け物」というニィリエの表現がとても印象的でした。この言葉に込められたニィリエの「思想」を教えていただけますか。

バザーリアは精神科医、フレイレは教育学者という、その分野のスペシャリストですが、ニィリエは二人とは違う経歴の持ち主です。

彼はエール大学やソルボンヌ大学で文学研究に打ち込んでいたのですが、学者の世界からドロップアウトして、生活の糧を得るために、ハンガリー動乱後の難民収容所の社会福祉専門官として赴任しました。その現場では、難民のさまざまな訴えに耳を傾け、収容所の課題を解決する仕事に従事していました。

その後、1960年代から知的障害者親の会のオンブズマンとして、さまざまな知的障害者の入所施設を訪れたときに、彼は以前見た難民収容所と構造が同じである、ということに気づきました。何もすることがなく、生きる希望もなく、ただ収容されているだけであることが、対象者の自尊心や尊厳をどれだけ傷つけるか、ということに気づいたのです。

当時の知的障害者福祉領域の専門家にとっては、入所施設をより人間的なものにすることが、目標とされていました。しかし、専門家ではないニィリエにとっては、いくら入所施設を人間的なものにしたところで、「施設の論理」が温存され、そこに入っている人の「当たり前の暮らし」が奪われていたら、それは表面的な変化にすぎない、と考えるようになりました。

その後、ニィリエはアメリカにも招かれ、アメリカの入所施設を沢山見て廻るのですが、スウェーデンより非人間的な施設で、100人の知的障害者をただただ収容している施設を目の当たりにします。そして、アメリカの知的障害者の親たちは、スウェーデンのような「人間的な施設」にするにはどうすればよいか? をニィリエに問いました。彼の出した結論は、「施設という化け物」を閉じない限り、「人間的な施設」であっても、管理や抑圧、支配関係は温存すると気づいたのです。【次ページにつづく】

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