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選挙によらずして民意を汲みとる方法

一般意志2・0は、無意味なユートピア思想か、それともすでに実現されているものなのか。ネットに飛び交う意見から、その可能性を考えてみる。

無意味なユートピア思想

東浩紀氏の『一般意志2・0』について前回までの原稿を書いたあと、ネットで出ている意見をあれこれ読んでみた。『一般意志2・0』は、ネットで民意を把握し、統治に反映することを提案している。読んだなかでとくにおもしろかったものがふたつあった。

ひとつは『一般意志2・0』は、国家が暴力装置だという事実を理解していない、政治的に無意味なユートピア思想だという池田信夫氏の辛辣な批判だ。

すでに書いたように、東浩紀氏の『一般意志2・0』は前半と後半で落差がある。前半を読むと、いまの間接民主主義に代わる直接民主主義の可能性が示されるのではないかと期待を抱くのだが、後半に示される具体的なシステムの例はニコニコ動画である。

国会の議論や審議会などをすべてニコニコ動画で公開し、議員や審議会の委員はそれを見ながら議論する。ニコニコ動画に飛び交うコメントを無視してもかまわない。無視したり影響されたりといった形で民意が取りこまれればそれでいいというわけだが、そんな曖昧なことで、暴力装置としての国家を御することができるのかというわけだ。

そういった批判に対しては、いまの日本はもうそんな荒々しい時代じゃないという反論もあるかもしれない。少なくともいまの日本は革命や弾圧といった政治的暴力が吹き荒れてはいない。国家が暴力装置だなどと感じたことがなく、そんな話はフィクションだとさえ思っている人もいるかもしれない。

とはいえ、ウェブ・マガジンのインタヴューで東氏は、「しょぼい」という批判が寄せられたことも明かしている。新たな政治システムが示されることへの期待が裏切られたと思った人はやはりけっこういたわけだ。

東氏は、しょぼいと考えるのは想像力がないからで、人びとの無意識のようなものを顕在化させることには意味があり、話し合いの場の設計を変えれば議論のなか身も変わるはずだと反論している。

ニコニコ動画のコメントでは意見としての代表制がないと前に私は書いたが、東氏のインタヴュー記事などを読むと、これはまったくいらぬ心配ということになるようだ。

議論している政治家や審議会の委員たちは、ニコニコ動画のコメントを無視してよいし、むしろそんなにまともに受けとることは間違いだとも言っている。拍手やヤジのようなもので、まともに受けとるのも受けとらないのもそれは議論している人たちの勝手というわけだ。そのぶん強力な政治システムが示されることへの期待ははぐらかされる。

「一般意志2・0」はルソーの「一般意志」を発展させたものだが、ヒトラーのような独裁者を生みだす思想的温床ともなったルソーのアイデアとはよくも悪くもかなり違う。もっとずっとソフトなもののようだ。

一般意志にもとづくシステムはすでにできている

もうひとつおもしろいと思った意見は、一般意志にもとづくシステムはすでにできているという経済学者の飯田泰之氏の主張だ。

市場こそがまさにそれで、需要と供給によって価格が決まる市場は、まさに大衆の漠然とした意志を集約し表わすシステムで、「神の見えざる手」によって市場が動くというようなアダム・スミスの考えは、ルソーの言っていることととてもよく似ていると指摘している。

「一般意志2・0」のシステムとしてはニコニコ動画などよりも予測市場のほうがふさわしいのではないかと前に書いたが、予測市場以前に、市場そのものが、一般意志というわかりにくいものを具体的に実現しているというわけだ。

東氏が『一般意志2・0』を書いた背景には、社会が複雑になり、話し合って合意点を見つけることがむずかしくなっているという認識があった。

市場もまた、あらかじめ合意形成することを求めてはいない。多様な個人がてんでばらばらの意志で売買することで「取引数量と取引価格という市場の『出力』が決定」するものであり、また価格支配力を得るための協調行動がないことが、効率的に市場が機能する条件だとも飯田氏は書いている。

協調して価格を決める談合のようなことをすれば市場は機能しなくなる。健全な市場には事前の話し合いがないことが必要で、市場こそが一般意志の具体化だという意見には説得力がある。

経済の面ではこのように一般意志が実現しているわけだが、政治の面ではそうではない。政治ではなぜむずかしいかというと、基本的に全員が考慮する何か、つまり十分な調整能力のある指標がないからだと飯田氏は言う。

政治にも応用は可能

しかし、予測市場では、価格という出力を得られる。

たとえば前に書いたように、消費税は何パーセントが適切かとというテーマで予測市場を開き、それぞれの消費税率でどうなるかという情報を提供して、現状のまま、10パーセント、15パーセントなどといった選択肢のなかから仮想通貨を賭けさせる。あらかじめ提供したデータや情報に加えて、市場の内外のさまざまな情報も参考にして人々が投資し、しかるべき期間の後に出た予測は(予測市場の論理とこれまでの結果が示しているところでは)正しい可能性が高い。予測市場ならば価格という「出力」もあるわけで、飯田氏の指摘する「調整能力のある指標がない」という問題は解消する。

ただ予測市場は、参加者の動機づけが実際の市場よりも弱い。

実際の市場では、参加者には何かをほしいという欲求や金儲けといった経済的動機があって参加するわけだが、予測市場の場合は、どれが正しいかを予測するだけで、参加者には経済的メリットがないことも多い。だから懸命に考えて投資するのかという疑問も出る。

参加動機が薄弱なことは確かだが、実際のお金ではなく、仮想通貨を使うことで、損得に熱くならず、また持ち金が少なくなったからということで判断を変えてしまうこともない。冷静な判断ができるという長所もある。それで実際のお金を賭ける場合と遜色はないという研究もある。

いまの日本は「一億総評論家」とか「観客民主主義」などと言われる。東氏も、ここ10年ぐらいみんな「つっこみ力」ばかりあがって「つっこみ知識人」と化しているとネットのインタヴューで語っている。若い世代などではボランティアなどへの参加意欲が高いと言われるが、それでもアクティヴな人はそう多くはない。

これはとりあえず欠点だろうが、そう簡単には変われない。

しかし、予測市場で必要なのは、客観的に予想することだ。「評論家」や「観客」で十分なのだ。データや情報を読んであれこれ考える前に意見を固めてしまっているような「プロ市民」はむしろ予測市場には邪魔な存在だ。

いまの時代にあっているという意味でも、予測市場は一般意志の具体化として格好のものなのではないか。

関連サイト
●池田信夫「民主主義の過剰 - 『一般意志2.0』」(http://agora-web.jp/archives/1408544.html)。政治の場にニコニコ動画を導入するぐらいでは現実は変わらないという批判は、池田氏以外からもおそらくあっただろう。
●飯田泰之「『一般意志2.0』実装の鍵はデータベース、ではない?」(http://synodos.livedoor.biz/archives/1886919.html)。政治的決定を行なうようなシステムを考えているわけではない東氏は、飯田氏のこの意見についても誤読だというだろう。しかし、『一般意志2.0』を読むと、いまの代議制に代わるシステムを考えたくなる。東氏は、誤読されることにいらだっているが、さまざまに「誤読」される可能性を持っているということが『一般意志2・0』の本のおもしろさだろう。

afterword
『一般意志2・0』について書いた前回までの原稿は、じつは本が出た早々の昨年末に書いたのだが、フェイスブックの話が思いのほか長くなってしまって遅くなってしまった。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.722)

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