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過労死基準を超えて働く日本の医師、役割を担えない薬剤師

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一昨年の8月に議論が始まった厚生労働省の「医師の働き方改革に関する検討会」は、いよいよ佳境を迎え、今月末までに最終案を取りまとめる段階に入っています。

今年1月には、医師残業時間の上限「1900~2000時間」との厚労省事務局案が提示され、世論やメディアから多くの批判を受けました。
これを受けて2月の会議では、上限は1860時間に修正されています。相変わらず過労死認定基準(月平均80時間)を大きく超える水準であり、このような案が国民の「医療」と「労働」を所管する厚生労働省から出てくることに驚き、呆れます。

このまま取りまとめ案が決定された場合、日本で医師の残業が規制されるのは5年も先の2024年からです。しかも上限1860時間もの時間外労働が容認され、その状況は2036年まで続くことになります。

これに対し、全国医師連盟や全国医師ユニオンは緊急声明を発表、日本産婦人科学会も、このままでは再び産婦人科医が過労死してしまうと要望書を提出しています。
『医療安全を脅かし、勤務医の過労死基準超の長時間労働容認に断固として反対する』
『憲法違反が危惧される医師の働き方改革は許されない』
『「医師の働き方改革に関する検討会」への意見と要望』

あまり大きく報じられていませんが、この検討会で副座長を務めていた渋谷健司・東京大学大学院教授が、進みつつある1860時間への合意について、以下のように強く批判し、辞任しています。

「本来は医療界自らが対策をしなければならなかったにもかかわらず、できていない現状がある。だからこそ刑事罰で抑止しようという方向になっている」
「患者の命を人質にして神風特攻隊的な話ばかり、現状維持と経営者の視点ばかりで、そこには医師や患者の姿がない」
「1860時間に納得できるロジックがあるわけではないので、前に進めるのならば僕ではない人を副座長に選んでまとめていただきたいと思っている」
「働き方改革」への姿勢で激論、厚労省検討会
辞任の後、渋谷教授は世界4大医学雑誌の一つ『The Lancet』に論考を寄稿しています。
『Unpaid doctors in Japanese university hospitals』

この検討会について、「地域医療を守るためには勤務医の過重労働は仕方ない」と理解する向きもありますが、その理解は正確ではありません。日本の勤務医の「度を越した」過重労働には、日本医師会など圧力団体による医療政策への働きかけ・利益誘導が色濃く影響しています。

その「文脈」を今転換すべきか、もしくは2036年以降に先送りするのかが問われています。

医師会による「利益誘導の歴史」は、私たち薬剤師にとっては「抑圧の歴史」でもありました。日本は諸外国に類を見ない、医薬分業(医師は処方箋を発行し、医師と独立した立場の薬剤師が調剤する)を実施するか否かを医師が選択する国です。薬剤師(日本薬剤師会も含めて)の独立性・自律性は、今も確立していません。

「業務と権限、金を医師・病院に集中させるべき」との働きかけと、医療費総額を諸外国から大きく外れた水準にはできない国の意向が、勤務医の過重労働や無給医問題・医学部入試女性差別に繋がっています。

検討会の異様な状況は、私たち薬剤師の問題とも繋がっています。

【日本の医療の特徴】

渋谷教授は寄稿した論考の中で、

供給過剰な医療施設・病床
多くが中小規模、私設の診療所・病院
開業医に有利な診療報酬体系

といった日本の医療体制の問題を挙げ、50歳未満の医師の46%が無給で働いた経験があり、文部科学省が最近まで無給医の存在を否定していたことを指摘しています。その上で、

時間外労働の上限設定は不十分
医師の偏在を是正
タスクシフトを推進
病院の機能分化と集約化
不必要な受診を減少させる

と解決策を提示し、無給医の慣行を廃止すべきとしています。

日本では、医療機関の多くが民間で運営されています。
それゆえ、開業医を中心とする日本医師会などの団体は、医療機関の規模拡大・利益拡大を求めて政治的な働きかけを行い、先進国平均に比べ格段に多いベッド数を実現してきました。その一方、ベッドは多くの中小規模の医療機関に分散しているため、交代勤務を無理なく実施できる施設は多くはありません。渋谷教授が指摘するように、病院の機能分化・集約化は避けられません。

また、開業医や病院への患者の外来受診回数は先進国平均の約2倍です。「フリーアクセスを誇る日本の医療」といった見方ができる一方で、医師への支払いを出来高払いから包括払い(あるいは給料制)に転換することができず、制御不能に陥っていると理解することもできます。出来高払いの国では受診回数が多くなる傾向があります。
出来高払い:医師が提供する個々の医療行為の料金を積み重ねて合算する
包括払い :患者一人当たり、あるいは疾患ごとに料金を定める

例えば血圧が安定していても、医師から数週間ごとの受診を求められ、数分の診察あるいは診察なしで処方箋を受け取る(診察せず処方箋を発行する行為は違法ですが)ことを繰り返しがちなのは、こうした医師への支払い制度が影響しています(ただし、これは全体的な影響に関する話であり、個人にとっての適切な受診頻度とは別です)。
私は、安定した慢性疾患の方に関しては数か月~半年に一度、20分程度の診察時間を設定する方が望ましいと思います。

多忙な外来業務は勤務医の大きな負担になりますが、外来受診回数の抑制・不必要な受診を抑制するための施策は医師の減収への警戒から、合意形成は一向に進んでいません。
またこのような状況では、院内の医療職能間でのタスクシフトは可能だとしても(収入はいずれにせよ病院に入る)、病院あるいは開業医と院外の薬剤師のタスクシフトは不可能です。

実際に「医師の働き方改革」を敢行するうえでネックとなっているのは、地域医療というよりはむしろ、医師会や病院経営者、厚労省による利益調整です。

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