記事

会談決裂「トランプvs.金正恩」(下)合意拒否を後押しした「コーエン議会証言」- 平井久志

1/3
[画像をブログで見る]
3月2日、ベトナムから帰国の途につく金正恩党委員長。その後の動きが注目される (C)AFP=時事

 北朝鮮が要求した「寧辺核施設廃棄と国連制裁5件解除」という取引はあまりにも欲張ったもので、米国が受け入れる可能性はなかったと思うが、もう少し低いレベルの合意は不可能だったのだろうか。例えば寧辺の一部施設の廃棄と、終戦宣言や連絡事務所の設置などを取り引きし、制裁の解除や緩和は今後の協議に委ねるという選択だ。

「スモール合意」はできなかったのか

 これに対してドナルド・トランプ米大統領は、会談後の記者会見で「何らかの署名をする可能性はあった。実際に文書を準備していたが、それはふさわしいものではなかった。私は事を急ぐよりも、正しく行いたい」と述べた。

 今回の首脳会談が事実上の決裂となった理由は、これまでに述べてきたように、北朝鮮の過大な制裁解除要求と、寧辺以外の秘密のウラン濃縮施設の存在に触れられたくないということにあったわけだが、ある種の「スモール合意」を選択することは可能だっただろう。

 トランプ大統領も語っているように、「合意文書」の準備はできていた。おそらくはその合意文書案は、対立点を空白にしたり、いくつかの選択肢を示したりしたようなものであろう。首脳会談を「成功」したと取り繕うためにレベルの低い合意を発表することは可能だったはずなのだ。しかし、トランプ大統領はそれをしなかった。

 その判断に影響を与えたのは、本国で行われていた米議会でのトランプ氏の元弁護士、マイケル・コーエン被告の公聴会だったのではないか。北朝鮮には運悪くというべきか、この公聴会の日程が米朝首脳会談の日程と重なった。トランプ大統領は2月27日夜、ホテルの部屋で本国の公聴会の行方を見守ったはずだ。米国内では国民の関心は米朝首脳会談よりもこの公聴会に集まっていた。

 米国内では米朝首脳会談前、政界やメディアからトランプ大統領が北朝鮮に必要以上の譲歩をするのではないかという危惧の念が出ていた。トランプ大統領は動物的な勘から「悪い合意より、合意なしの方が批判を受けない」と判断したとみられる。国内に帰ってコーエン証言による非難に、米朝合意への批判が加勢することを危惧したのだろう。トランプ大統領は「今回、われわれにはいくつかの選択肢があったが、どれも選択せず、様子を見ることにした」「合意文書に今日署名することもできたが、人々は『何てひどい合意だ、何てひどいことをしたんだ』と言っただろう」と発言している。

 この判断は、彼にとってはおおむね正しかったようだ。米国内では合意ができなかったことへの批判はほとんどなく、合意しなかった判断が正しいという声が圧倒的に多かった。

『ニューヨーク・タイムズ』によると、今回のハノイ会談の決裂は、2月27日の夕食会で早くも予告されていたという。円卓テーブルに並んで座ったトランプ大統領が、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長に「すべての核とミサイル廃棄+制裁の完全解除」というビッグ・ディールを提案したが、金党委員長がその場で拒否したという。このため翌28日午前、首脳会談は最初から緊張したムードだったと、同紙は伝えた。さらに米政権のマイク・ポンペオ国務長官やジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は、金党委員長がビッグ・ディールを受け入れる可能性が事実上「ゼロ」と判断していたという。ポンペオ長官は大統領に、「若い北朝鮮のリーダーにしてやられたという印象を与える恐れもある」と、「スモール・ディール」水準の合意は受け入れないよう忠告したというのである。

交渉意欲をなくした

 朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は3月1日付紙面で、首脳会談2日目の様子を写真付きで大きく報じたが、会談が決裂した事実は報じなかった。同紙は「朝米最高首脳たちは単独会談と拡大会談で、シンガポール共同声明を履行するための歴史的な道程で、刮目に値する前進が遂げられたことについて高く評価し、これに基づいて朝米関係改善の新しい時代を開いていくうえで提起される実践的な問題について建設的で虚心坦懐な意見交換を行った」と、会談の意義を前向きに評価した。

 その上で「朝米最高首脳たちは、2回目となるハノイでの対面が相互に対する尊重と信頼をいっそう厚くし、両国の関係を新たな段階に跳躍させられる重要な契機になった」と評価した。

 米朝交渉の今後についても「朝鮮半島の非核化と朝米関係の画期的発展のために今後も緊密に連携し、ハノイ首脳会談で論議された問題解決のための生産的な対話を引き続きつないでいくことにした」「敬愛する最高指導者は、トランプ大統領が遠い道を行き来しながら今回の対面と会談の成果のために積極的な努力を傾けたことに謝意を表し、新しい対面を約束しながら別れのあいさつを交わした」と、金党委員長がトランプ大統領に謝意を表し、「新たな対面」を約束したとした。

 一方、深夜に記者会見をした崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官はこれとは対照的に「今回、私が首脳会談を横で見ながら、わが(金正恩)国務委員長が米国による米国式計算方法に対して少し理解に苦しんでいるのではないか、よく理解できないのではないかという印象を受けた」とした上で、「わが国務委員会委員長が今後のこのような朝米交渉に対して、少し意欲を失くしたのではないかという、そのような印象を受けた」とした。

 北朝鮮の幹部が最高指導者の心境を代弁するというのも、異例のことである。米国の姿勢により、金党委員長は交渉意欲をなくしたようだと強調したのだ。さらに「そして今後、このようなチャンスが再び米国側に訪れるのか、これについて私は確信をもって言えない」と米国側に不満を表明した。

 北朝鮮は明らかに、今回のトランプ大統領の姿勢、米国の態度にダブルスタンダードで臨んでいる。北朝鮮の国内メディアでは、金党委員長が平壌を出発した時から、今回の会談は成功するという前提で報道しており、いまさら修正はできない。だが、内部では米国への失望と反発、不満が充満している。それだけに、金党委員長の置かれた立場が苦しいといえる。

米韓合同軍事演習「終了」でつなぎ止め

 トランプ大統領は3月2日、メリーランド州の保守政治行動会議(CPAC)での演説で「北朝鮮は合意できれば、素晴らしく明るい経済が待っている。だがもし核兵器を保持すれば、経済的将来はない」と述べ、北朝鮮に非核化を迫った。

 米国も米朝交渉を継続する姿勢だ。トランプ大統領はハノイでの会見でも「関係は続けたいし、続けるつもりだ」と語った。「話し合いは続ける。安倍晋三首相や韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領には、これはプロセスであり動いているものだと伝える」と語り、会談の決裂はあくまでもプロセスであると強調した。

 さらに、米韓両国は3月3日、例年春に行っている両国の最大規模の合同軍事演習である野外機動訓練「フォールイーグル」と指揮所演習「キー・リゾルブ」を終了すると発表した。今後は規模を大幅に縮小し、名称も変えて行う。今年の「キー・リゾルブ」の代わりの演習は4日から12日までと、規模や期間を大幅に短縮し、「同盟」という名前で実施する。「フォールイーグル」も縮小し、名称を変えて行う見通しだ。

 韓国国防省は3月7日に、米韓両国が毎年夏に実施してきた米韓合同軍事演習「乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン」(UFG)についても、今後別の形で行うとし、「フォールイーグル」と「キー・リゾルブ」とともにUFGも終了することを明らかにした。

 トランプ大統領は3月3日、ツイッターで演習終了について「何億ドルもの米国の金を節約するためだ。現時点で北朝鮮との緊張緩和も良いことだ」と書き込んだ。

 北朝鮮はこれまで米韓合同軍事演習の中止を強く要求してきた。北朝鮮にとっては軍事的圧迫であると同時に、演習されると対応措置を取らざるを得ず大きな経済的な負担にもなってきた。この合同軍事演習終了は、北朝鮮が核実験、ミサイル発射実験の中止を続けていることへの見返りともいえる。トランプ大統領は経費節減という自身の主張もあるが、北朝鮮を対話につなぎ止め、対話再開への「誘い水」として演習終了を決めたとみられる。

 トランプ大統領は3月4日、ツイッターでハノイでの第2回首脳会談では「軍事演習は決して協議していない」と強調しており、トランプ大統領の一方的な措置とみられる。

 北朝鮮は首脳会談では何も得られなかったが、対話継続を求めるトランプ大統領のある種の「独り相撲」で、長年にわたって要求してきた米韓合同軍事演習の終了という大きな成果を得るという皮肉な結果となった。

 だが、北朝鮮の『朝鮮中央通信』は3月7日、「キー・リゾルブ」を取りやめ、規模を縮小した米韓による新演習「同盟」を4日に開始したことに対し、米朝の共同声明や南北宣言に反すると非難した。北朝鮮の、こうした米韓合同軍事演習の終了を評価せずに代替演習を非難する「強欲」ぶりが、今回の会談破綻の原因であることを銘記すべきだろう。

北京にも寄らず帰国

 トランプ大統領との会談で成果を出せなかった金党委員長だが、3月1日には最高指導北京にも寄らす帰国者のグエン・フー・チョン共産党書記長と会談するなど、ベトナム公式親善訪問の日程をこなした。ただ、経済施設訪問など一部の日程を取り消し、予定を若干繰り上げて3月2日午後1時半頃(中国時間)にベトナムのドンダン駅を出発した。

 金党委員長を乗せた専用列車は3月4日午後9時半ごろ、中国の国境都市丹東から北朝鮮に入った。そして3月5日午前3時過ぎに平壌駅に到着した。平壌を出発してベトナムに向かう時は約3800キロを約66時間かけて移動したが、帰りは途中停車もせず最短距離を経由して約60時間で平壌に到着したとみられた。

 なぜ、こんな時間に平壌に到着したのだろうか。行きと同じスピードで帰れば午前9時前後に到着するという、よい時間帯だ。会談が成功していればこうした時間に帰ったのだろうが、成果がなかっただけに平壌駅で大歓迎を受けることをはばかったのだろう。

 当初は中国で習近平国家主席との会談を予測する向きもあったが、北京には立ち寄らなかった。北朝鮮側としても米朝首脳会談決裂という事態を受け、北朝鮮自身の路線の再検討を迫られており、一方で中国ではちょうど全国人民代表大会(全人代)が3月5日から始まる予定となっており、中国指導部も余裕がない時期だ。

 党機関紙『労働新聞』は3月5日、金党委員長の帰国を大々的に報じた。記事の中では「世界の大きな関心と耳目が集まる中、第2回朝米首脳会談とベトナム訪問を成功裏に終えた」と記してはいるが、1面の見出しは「わが党と国家、軍隊の最高指導者、金正恩同志はベトナム社会主義共和国への公式親善訪問を成功裏に終えられ、祖国へ到着された」とし、ベトナム公式親善訪問の成功を前面に出した。

「過信」と「現実無視」

 今回の米朝首脳会談で合意を生み出せなかったのは、トランプ大統領と金党委員長の双方が自身の交渉力を過信していたためだろう。専用列車で自信満々で平壌を出た金党委員長は失意の中で帰国しなければならなかった。実務協議で重要事項を詰めなくても、首脳会談でトランプ大統領を取り込めるという過信が過ちを招いた。トランプ大統領も交渉家という自信を持って事前の詰めもないままハノイに乗り込み、結果を出せなかった。

 さらに双方が現実を無視した過大な要求を出し合ったという点だ。金党委員長は寧辺のプルトニウムやウランの濃縮施設を含む核施設の廃棄というカードを出せば、米国が国連安保理制裁5件の解除に応じると読んだ。しかし、これは実質的に北朝鮮経済に影響を与えている経済制裁の「90%以上」であり、客観的に見れば、米国が応じるはずのない要求であった。

 一方、ボルトン補佐官によれば、トランプ大統領も北朝鮮に核施設、核兵器、生物化学兵器やミサイルを含めた大量破壊兵器すべての廃棄を求めた。これは北朝鮮に「全面武装解除せよ」と要求していることだ。これを北朝鮮が飲む可能性はない。

 双方が現実を無視した過大な要求を突きつけ、会談は破綻した。事前協議である程度の合意文書はできていたとみられ、そこには終戦宣言や連絡事務所の相互設置なども書き込まれていた可能性が高い。しかし、最も核心的な過大である「非核化」と「制裁緩和・解除」では空白か、いくつかの選択肢を書き込む不十分な内容で、その判断を首脳会談に委ねたとみられる。これは短時間の会談で意見の差を埋めるには不可能な作業だ。

 スティーブン・ビーガン北朝鮮問題特別代表と金革哲(キム・ヒョクチョル)特別代表は、ハノイで約20時間近くの実務協議を続けた。しかし、最後の25日の実務協議は30分で終わり、その後の作業を中断して首脳に委ねてしまった。

 運が悪かったのは、米朝首脳会談中にロシア疑惑に関連したコーエン元弁護士の議会公聴会があったことだろう。国内に帰れば批判の世論が待っている中で「スモール合意」をすることは、さらに批判を浴びる可能性があり、大統領はこれを恐れたといえる。トランプ大統領は3月3日のツイッターでコーエン氏を「有罪の宣告を受けた嘘つきで詐欺師」と批判し、「北朝鮮との首脳会談で(私が会談場を)出てきたことに寄与した」と、米朝首脳会談決裂の要因の1つであることを認めた。

「東倉里」復旧の意図は?

 韓国の情報機関・国家情報院は3月5日、国家の情報委員会への報告で、北朝鮮は寧辺の5000キロワット実験用原子炉の稼働は昨年末から中断しているが、平安北道鉄山郡にある東倉里ロケット発射場で、撤去した施設を復旧する動きが2月からあると報告した。

 徐薫(ソ・フン)国家情報院長はこの動きと関連し、2つの可能性を指摘した。第1は米朝首脳会談が成功した場合に爆破効果を宣伝するためで、第2は首脳会談が失敗した場合にミサイルを再び発射するためだ、というのである。

 さらに米国の北朝鮮分析サイト『38ノース』も3月5日、衛星写真に基づく分析として、東倉里のミサイル発射施設で2月16日から3月2日までの間に、部分的に解体されていたレール式移送施設や、エンジン燃焼実験場の一部が復旧されていると明らかにした。

 金党委員長は昨年9月の南北首脳会談での合意文書で、「東倉里のエンジン実験場とロケット発射台を、関係国専門家の参観の下で、まず永久的に廃棄することにした」と約束した。

 ただ、今回の復旧作業は2月から始まっており、米朝首脳会談の決裂後の動きではないため、北朝鮮の意図を読み解くのが難しい。

『38ノース』は3月7日には、東倉里のミサイル発射台付近の3月2日と6日の衛星写真を比較し、ミサイル関連施設の復旧が終わり、稼働可能な状態になった可能性があると明らかにした。

あわせて読みたい

「米朝首脳会談」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    「スゴイ日本!」ばかりのテレビ五輪放送。在留外国人は東京五輪を楽しめるか

    Dr-Seton

    08月05日 08:29

  2. 2

    淀川長治さんが『キネマの神様』を絶賛?CMに「冒涜」と映画ファン激怒

    女性自身

    08月05日 09:07

  3. 3

    環境省がエアコンのサブスクを検討 背景に熱中症死亡者の8割超える高齢者

    BLOGOS しらべる部

    08月04日 18:05

  4. 4

    東京都、新規感染者数5042人に疑問

    諌山裕

    08月05日 17:42

  5. 5

    中等症めぐり政府の揚げ足を取る毎日新聞 いい加減な記事を出すのは許されるのか

    中村ゆきつぐ

    08月04日 08:26

  6. 6

    中等症入院不可…専門家の意見を聞いていなかったとは

    大串博志

    08月05日 08:22

  7. 7

    ワクチン完全接種5割の8月末まで好転無しか

    団藤保晴

    08月05日 09:02

  8. 8

    テレビ放映権中心に回り夏開催される五輪 舛添氏が改革案を公開

    舛添要一

    08月05日 08:33

  9. 9

    ベラルーシ選手はなぜ政治亡命したのか ルカシェンコ政権の迫害ぶりを示した東京大会

    WEDGE Infinity

    08月05日 09:18

  10. 10

    強行放送!緊急事態宣言下の24時間テレビは「ジャニーズ祭り」

    渡邉裕二

    08月04日 08:04

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。