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“ゴーン氏保釈”で転換点を迎えた「特捜的人質司法」

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 昨年11月19日、東京地検特捜部に逮捕され、勾留・再逮捕が繰り返される中、無実を訴え続けた日産自動車前会長のカルロス・ゴーン氏が、108日間身柄拘束された後にようやく保釈された。それを機に、日本の刑事手続における「人質司法」に注目が集まっている(【ゴーン氏「当然だが画期的な保釈許可決定」で生じる“重大な影響”】)。

 「人質司法」とは、逮捕された被疑者、起訴された被告人が、犯罪事実を否認し潔白を訴えている間、身柄拘束が長期間にわたって継続することをいう。日本の刑事司法では、昔からそのようなことが当然のようにまかり通ってきた。

 ゴーン氏の事件で、日本の刑事司法が国際的な批判を浴びていることについて、山下貴司法務大臣は、

それぞれの国において、例えば刑法の中身であるとか刑事手続きそれ自体が違います。それが制度全体として機能するように成り立っているということでございまして、個々の制度の違う点だけに着目して単純に比較することは適切ではない

と答弁している(2019年2月25日衆議院予算委員会)。

 確かに、刑事事件一般について言えば、犯罪事実を否認する被告人の身柄拘束の長期化は、日本の刑事司法の特質とも関連しており、背景には、日本社会における「犯罪」や「犯罪者」に対する認識がある。そういう意味では、「人質司法」という面だけを切り取って批判するのは、必ずしも適切とは言えない。

 しかし、このような「一般的人質司法」の問題と、特捜事件における「人質司法」の問題とは、異なる。

 「人質司法」が日本社会で初めて注目を浴びたのは、厚生労働省の村木厚子局長が大阪地検特捜部に逮捕・起訴され、一審で無罪判決が出て確定し、その過程で、主任検察官の証拠改ざん事件が発覚し、検察全体が激しい社会的批判を浴びた「特捜検察不祥事」が発端である。その後、厚労省事務次官にまでなった村木氏が、起訴事実を全面否認していたことから164日にわたって勾留されたのが、まさに、「特捜的人質司法」である。

 そのようなやり方は、それまで、東京地検特捜部においても、ロッキード事件・リクルート事件・ゼネコン汚職事件など過去の多くの事件で常套手段とされてきた。そこには、「特捜事件の特殊な構造」があり、実態は「人権侵害」そのものと言える理不尽なものだった。ゴーン氏の事件で国際的に大きな注目を集めたのは「特捜事件における人質司法」の問題であり、それは、刑事事件一般における「人質司法」とは異なる。

 そこで、まず、刑事事件において身柄拘束が行われる理由を改めて整理し、「一般的人質司法」の背景について述べた上で、そ「特捜的人質司法」の問題について考えてみる。

被疑者・被告人はなぜ身柄を拘束されるのか

 罪を犯したことが疑われる被疑者・被告人でも、無条件に身柄拘束が認められるわけではない。逮捕・勾留によって身柄を拘束することが認められるのは、「逃亡の恐れ」あるいは「罪証隠滅のおそれ」があるという理由による。

 「逃亡のおそれ」を判断する要素は、まず事件の重大性と、予想される量刑である。殺人事件で死刑か無期懲役になりそうだということであれば、逃亡のおそれが大きいのは当然だ。一方、罰金刑や執行猶予が確実な事件であれば、逃亡の恐れは相対的に小さい。

 次に、被告人の仕事や生活の状況が、逃亡のおそれの判断材料となる。生業につかず住居を転々としているような場合には、「逃亡の恐れ」が大きいが、家族がいて、社会的に安定した地位もある会社員や公務員等の場合には、逃亡の恐れは相対的に小さい。

 「罪証隠滅のおそれ」の有無・程度は、被疑者・被告人が犯罪事実を認めているか否かで異なる。被疑者自身が一貫して犯罪事実を認めている場合は、犯罪に関する証拠を隠滅しようとする可能性は低い。一方、被疑者が犯罪事実を否認していて、犯罪事実に関する決定的な証拠がなく、被疑者が関係者に口裏合わせを頼んだり、物的証拠を破棄・隠滅したりすることで、有罪立証が困難になるという場合には、「罪証隠滅の恐れ」が大きいということになる。

 身柄拘束によって、被疑者・被告人は、その生活の場や業務・活動から切り離され、社会活動が困難な状態に置かれる。それによって自己や家族の生活や所属する会社の業務・事業等に重大な影響が生じることになる。その影響の程度は、被疑者が単身者・無職者等の場合や、刑務所の出入所を繰り返しているような常習的犯罪者の場合は小さいが、家族や定まった職業があり、社会的地位が高い場合には、大きい。

 上記のような「逃亡のおそれ」「罪証隠滅のおそれ」という身柄拘束の必要性と、それによって生じる影響・不利益の程度が総合的に勘案されて、勾留・勾留延長・保釈の可否等の身柄拘束やその継続の是非が判断される。

 その判断において、基本的には法律上の考慮要因となっていないものの、実質的に必要性を根拠づける要因の一つとして作用しているのが、「身柄拘束による社会防衛的機能」だ。

 日本は、基本的に「治安の良い安全な社会」であり、「国が犯罪から市民を守ってくれている」との考え方が強い。犯罪を行ったとして逮捕・起訴された人間は、有罪判決が確定する前であっても、「新たな犯罪を行うおそれ」を防止する必要があり、社会内で自由な活動が許されるべきではないという「社会防衛的な観点」が身柄拘束の正当化事由となっていることは否定できない。個人の銃器所有が認められ、犯罪からの自己防衛の考え方もとられるアメリカなどとは異なる。このような「社会防衛的な観点」からの身柄拘束の正当化は、殺人・強盗・窃盗・性犯罪等の個人的な法益侵害・被害を生じさせる犯罪において相対的に大きい。

 日本においては、法的には、「逃亡のおそれ」「罪証隠滅のおそれ」が身柄拘束の理由とされるが、実際には、それに加えて、「社会防衛的観点」も身柄拘束の理由になっていると考えられる。日本では、犯罪事実を否認している場合には「罪証隠滅のおそれ」が大きいので保釈を認めるべきではないというのが一般的な考え方だった。しかし、「推定無罪の原則」からすると、犯罪事実を否認し、無実を訴えている被告人の方こそ、身柄拘束によって不利益を受けるのは不当だということになる。そのどちらを優先する考え方をとるのかによって、「罪証隠滅のおそれ」の判断基準が異なってくる。

 以前は、「起訴事実を否認している」というだけで「罪証隠滅のおそれがある」とされ、起訴事実を否認する被告人は、検察官立証が終わるまで保釈されないという、「人質司法」が当然のようにまかり通ってきた。最近では、裁判所が、「罪証隠滅のおそれ」を、当該事件の個別事情に応じて、現実的な可能性の有無という面から具体的に判断する傾向が強まりつつある(【“ゴーン氏早期保釈”の可能性が高いと考える理由】)。

 「推定無罪の原則」は、少しずつではあるが尊重される方向にあると言える。

 しかし、そのような刑事司法全体における「人質司法」の問題と、特捜事件における「人質司法」とは、問題の性格と構造が異なる。この二つを明確に区別して議論することが必要である。

「一般的人質司法」

 日本社会は、一般的に、犯罪者の確実な検挙・処罰により「良好な治安」が実現されることを求める傾向が、もともと強かった。本来、被疑者の逮捕は、「逃亡のおそれ」「罪証隠滅のおそれ」がある場合に、それを防止するための「措置」に過ぎないはずだが、実際には、それによって「犯罪者」というレッテル付けが行われ、一定期間社会から隔離しておくことが正当化される。検察官の起訴は、刑事訴訟法上は、刑事裁判を求める「措置」に過ぎないはずだが、検察官は、公訴権を独占し、訴追裁量権を持っており、犯罪の嫌疑が十分だと判断した場合にのみ起訴を行い、有罪率が99.9%にも達するので、検察官の判断は、事実上、そのまま司法判断となる。そのため、社会的には、「起訴」は、事実上、被告人が「犯罪者」であることを意味する。

 そして、このようにして「犯罪者」としてレッテル付けが行われた人間の多くは、犯罪事実を認め、反省悔悟の情を示すことから、日本では「自白率」が高い。その中で、起訴事実を否認し、潔白を訴える被告人は「異端者」として取り扱われる。「犯罪者としての烙印」が押されているのに、反省悔悟もしない人間は、社会に戻すと、いつ何時再び犯罪を行うかもしれないということで、「社会防衛的な観点」から社会から隔離すること、つまり身柄拘束の長期化も容認する傾向があったことは否定できない。

 形式上は、「罪証隠滅のおそれあり」との要件を充たしていることで保釈を認めないわけだが、その要件が、起訴事実を否認する被告人について広く解釈されてきた背景には、このような「犯罪事実を認めず悔い改めない被告人は身柄拘束が継続されてもやむを得ない」との認識があったことは否定できない。

 しかし、刑事事件における証拠に基づく事実認定は微妙であり、検察官が判断を誤り、冤罪が生まれることもある。映画『それでもボクはやっていない』で注目された痴漢冤罪事件がまさにそうであるように、冤罪で起訴された人間にとって「人質司法」は理不尽極まりない苛酷な人権侵害となる。しかし、そのような事件には、「被害者」や「深刻な被害」があり、犯罪自体を検挙せずに放置することはできない。それだけに、「人質司法」を全体的にどうしていくのかというのは、決して単純な問題ではない。

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