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公立小中に4万人いる常勤講師の差別待遇

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「どんなにがんばっても、この給料でやっていくしかない」

「自分は家族を支えられないという現実を突きつけられ、人生で初めて、目の前が真っ暗になるってこういうことなんだ、と思いました。不合格がわかった日は、家族の前に顔を出すことができず、夜中に近くの川べりに座って酒を飲んでいましたね。どんなにがんばっても、ずっとこの給料でやっていくしかないんだと、絶望的な気持ちになりました」

どん底に突き落とされたAさんは、ボクシングと出会う。他県にいた頃に一時経験があるが、近所にボクシングジムがあることを知り、ボクシングを再び始める。何とか自分を保つために、Aさんが選んだ方法だった。

「やり場のない怒りとか、いろいろなものが襲ってきて、自分がぶっ壊れてしまいそうでした。ボクシングにぶつけることで、何とか平静を保つことができました」

Aさんはボクシングをすることで、仕事に再び打ち込むことができた。そして考え方も前向きになった。講師の待遇を改善するために行動しようと、教職員組合に臨採部を立ち上げて、交渉の先頭に立つことを決心した。

教員不足などを受けて、全国的に受験資格年齢の上限を引き上げる、もしくは撤廃する県が出てきたのはこの頃。すると長崎県も突然、上限の引き上げを発表した。45歳未満に引き上げられたのだ。

給料に「ここまで差があったのか」と愕然とした

Aさんが45歳未満への引き上げを知ったのは5月。チャンスは、その年の7月と、翌年の試験の2回しか残されていなかった。

時間はなかったが、7月の試験では1次試験に合格。2次試験の結果は「B」で、「成績優秀だけど不合格」というものだった。Aさんは頭にきて通知書を捨ててしまった。ところが、「B」の不合格者は、この通知書を持っていれば翌年の試験で1次試験が免除されることになっていた。幸いにも、妻が捨てられていた通知書に気づき、保管していたため救われた。

Aさんは翌年、2次試験に全てをかけた。ピアノ教室にも通い、満点を取るという気迫で臨んだ。結果は合格。組合で臨採部などを立ち上げたことで、周囲からは合格は難しいのではないかと言われたが、そんなことはなかった。最後まであきらめなかったことで実を結んだ。

しかし、採用されてからAさんはまたも愕然とした。いままでと仕事内容は同じなのに、手当や福利厚生なども含め、給料にここまで差があったのかと、初めて知ったのだ。

年収は正規の教員になったことで1.5倍以上に

講師の時の月給は約24万円で、年収は400万円弱だった。それが、採用された年は月給が約36万円で、扶養手当が約3万円。年収は、講師の時の1.5倍以上となった。

「こんなに差があることは、正規の教員になって初めて知りました。確かに私の仕事は、いまの給料なら納得できます。しかし、講師の場合は生涯賃金で比べるとかなり少なくなります。この不利益の理由を、国や教育委員会は説明できるのでしょうか。これは差別以外の何物でもありません」

待遇以外にも、臨時教員への差別を感じることがある。ある日、Aさんの目の前で、子どもが講師に向かって「本当の先生じゃないくせに」と言われていた。Aさんが「違うよ、先生だよ」と言うと「試験に受かってないやろ」と子どもは返す。「受かっていなくても免許は持っているから先生なんだよ」と説明しなければならなかった。

講師という肩書のために、子どもや保護者からも「本当の先生ではない」と言われてしまうのだ。

教員の7%が「常勤講師」として働いている

文部科学省によると、全国の公立小中学校で働く常勤講師の人数は、17年5月現在で4万2792人。教員の定員に占める割合は7.1%となっている。これは産休や育休による代替講師を含まない数だ。

教員が不足する中で、講師は教育現場では必要な存在になっている。しかし、いまのような待遇の差を放置すべきではないとAさんは訴える。

「講師は、初任者のような研修も受けることがないまま、正規の教員と同じように質の高い指導を求められます。“即戦力”などと言う人もいますが、それは都合のいい言葉でごまかそうとしているだけでしょう」

Aさんは現在、講師の待遇改善について、教育委員会との交渉にあたっている。これまでに厚生年金や社会保険の継続について改善を取り付けた。

昇給の上限については、都道府県別では17年現在で北海道、千葉県、石川県、大阪府、岡山県、沖縄県で撤廃されている(文部科学省の調査による)。しかし、N県は8年で上限になる制度のままだ。Aさんは上限の撤廃を強く訴えている。

「講師は業務に見合うだけの賃金の保証がなく、不当な扱いを受けています。これは単なる差別です。講師に対する差別をなくすために、これからも訴え続けていきたいと思います」

正規の教員は残業代ゼロだが、常勤講師はもっと厳しい

正規の教員も、労働条件はいいとは言えない。教員には給与月額の4%相当が支給される代わりに、時間外手当が支給されないことが給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)で定められている。

教員の働き方改革が検討されるなか、中央教育審議会は去年12月、教員の残業を原則月45時間以内、繁忙期でも月100時間未満とするガイドラインを了承した。しかし現状では多くの教員がこのガイドラインを超える残業をしている。ガイドラインには罰則がないので、実効性があるのかと疑問視されている。また中央教育審議会は、給特法の見直しには踏み込まなかった。

このように正規の教員も、厳しい労働条件下にある。しかし、講師は同じ仕事をしながら、もっと厳しい立場と待遇で働いている。講師の労働環境を改善することは、現場にも、教育を受ける子どもたちにとっても、プラスに働くのではないだろうか。「もっと多くの人に講師の実態を知ってほしい」とAさんは話している。

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田中圭太郎(たなか・けいたろう)
ジャーナリスト
1973年生まれ。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。大分放送を経て2016年4月からフリーランス。警察不祥事、労働問題、教育、政治、経済、パラリンピックなど幅広いテーマで執筆。
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(ジャーナリスト 田中 圭太郎 写真=iStock.com)

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