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安倍首相の「非正規一掃」宣言には無理があると思う理由

正規・非正規で括る働き方の二元論はもう古い

 政府が法制化する働き方改革のひとつとして、正社員と非正規社員の待遇格差をなくす「同一労働同一賃金」が2020年から導入されるが、そもそも短時間勤務ほか雇用形態が多様化する中で、本当に正社員と非正規社員の格差を是正することなどできるのか──。働く主婦の調査機関「しゅふJOB総合研究所」所長兼「ヒトラボ」編集長の川上敬太郎氏がレポートする。

 * * *

 以前、安倍首相は「この国から非正規という言葉を一掃する」と決意を語った。しかし、労働力調査によると非正規の職員・従業員の比率は2018年平均で37.9%。数にして2120万人にも及ぶ。

 これらおよそ4割の非正規労働者がいなくなるという状況は現実的に起こりうるのだろうか?

 就業形態が非正規でなくなるとしたら、パターンは2つしか考えられない。一つは、非正規労働者がすべて、俗に正社員と呼ばれる正規労働者になること。もう一つは、非正規労働者の一部が正規労働者になり、なれなかった者は無職になるパターンだ。

 しかしながら、後者が望ましくないことは明らかである。となると、想定すべきは非正規労働者がすべて正社員になるパターンということになる。

 ここで一点注意しなければならないのは、非正規労働者の定義だ。一般的には、非正規労働という言葉は知っていても、その内訳までは把握されていない。

 先に触れた労働力調査によると、非正規の職員・従業員のうち、約7割を占めるのはパート・アルバイトである。よく非正規労働=派遣社員のような印象を受ける指摘を目にするが、あれはミスリードである。派遣社員は非正規の職員・従業員のうちの6.4%でしかない。他は契約社員が13.9%、嘱託が5.7%などだ。

 非正規労働の大半はパート・アルバイトであるが、中でもパートは非正規の職員・従業員のうち48.8%と半数近くを占める。その比率の高さから、パートこそ非正規労働者の代表格と言える。

 私が所長を務めるしゅふJOB総合研究所では、働く主婦層(現在の就業状況の如何を問わず、これまでに一度でも働こうと行動を起こしたことのある主婦層)に「いまのあなたにとって最も望ましいと思う働き方をお教えください」と尋ねてみた。上位3つは、以下の通りだ。

〈短時間非正規社員/38.3%〉〈短時間正社員/32.7%〉〈フルタイム正社員/13.1%〉

 短時間非正規社員とは、概ね労働力調査でいうパートと考えていいと思う。家庭の制約がある中で仕事と両立させようと考えた場合、パートを選びたいと考える層が一定数存在している。もし非正規を一掃するということであれば、このパート希望の人たちを正社員にする必要がある。その形に最も近いのが、2番目に挙がっている短時間正社員だ。

 しかし、今の日本社会に短時間正社員の仕事は決して多くはない。しゅふJOB総研で短時間正社員での就業経験を尋ねたところ、「ある」と回答した人は11.3%に過ぎなかった。一方、条件さえ合えば短時間正社員で働いてみたいと回答した人は77.2%。短時間正社員をめぐる労働市場のミスマッチが厳然として存在していることがわかる。

 となれば、短時間非正規社員で働く人がすべて短時間正社員として働けるようになれば、非正規の一掃に向けて大きく前進するはずだ。

 しかし事態はそう単純でもない。まず尊重されるべきは、働く人自身の希望だ。短時間であっても、正社員と名がつく以上はそれなりの業務負担や組織へのコミットが求められる。もちろん短時間非正規社員でも、負担の大きい業務に従事したり組織への高いコミットが求められたりするケースはある。しかし、それが正社員という位置づけになればさらにその確率は高まるはずだ。

 特にお子さんが小さいうちなどは、家庭運営の比重を高めて仕事の負担は軽めにしたいという人もいる。そのような希望を持つ人に、短時間とはいえ無理やり正社員としての働きを求めることは酷だろう。いやむしろ、短時間の勤務で正社員としての成果が求められる短時間正社員は、より難易度の高い働き方だと見なしたほうがいいかもしれない。

 そしてもう一つ問題がある。そもそも短時間正社員は、正社員と見なしていいのかという点だ。

 正社員という言葉は法律で定められているものではなく、明確な定義はない。世間一般にイメージする概念の総称に過ぎない。

 一般的なイメージの場合、雇用期間が無期限であり、月給制で賞与が支給され、人事考課なども他社員と差異なく行われれば正社員と見なしていいかもしれない。しかし仮に就業時間の長さに応じて給与を設定しているとしたら、短時間正社員の給与は普通の正社員より低くなってしまう。

 例えば、全く同じ仕事を同じ能力の人が行っているとして、普通の正社員の年収が500万円である場合、勤務時間がちょうど半分の短時間正社員であれば年収は250万円となる。

 また、似て非なるものに、こちらも事例は少ないが、無期雇用のパート職がある。無期雇用のパート職は、パート職と呼ばれている以上、一般的な概念からすると非正規に入ると思う。さらに、時給制で多くの場合単価は低い。しかし無期雇用であり、収入は安定している。

 労働契約法により有期パート職の無期転換が進めば、無期雇用パートの事例は増えていくことになる。さらに、働き方改革関連法の施行で不合理な待遇差の解消が進めば、世の中の正規と非正規の違いは、ますます分かりにくくなる。

 以上のように考えていくと、正社員とか正規労働という言葉を使って働き方を表現すること自体に無理が生じてきているように感じる。

 そもそも正社員と呼ばれる働き方の問題も多い。会社組織への行き過ぎた忠誠や束縛から、社畜などと揶揄されるケースもある。大手広告代理店の痛ましい過労自死事件も正社員と呼ばれる働き方の中で起きた。

 仮に「正社員を善、非正規労働を悪」と一括りに決めつけてしまう先入観のようなものがあるとしたら、それこそが危険なのではないかと思う。

 長期安定的に働き収入を得たい人はそれに応じた働き方を、家庭に軸足を置きたい人は過度な負担が生じない働き方を。それぞれの希望に応じて、またライフスタイルの変化に合わせて常に働き方の選択肢が用意されているような社会こそが望ましいのではないかと考える。

 安倍首相が掲げる非正規の一掃とは、全員を正社員にするという方向で考えると無理があるように思う。現実的に考えれば、正規・非正規と括る概念の縛りをなくして、誰もが望ましい働き方を選択できるようになる社会を目指すということになるのではないだろうか。

 考えれば考えるほど、ざっくりと正規・非正規で括る二元論はもう古く、やめたほうがいいと思う。働く人のニーズは多様化の一途をたどっている。できる限り個々のニーズを汲み取った上で、個々に丁寧に対策をとっていく時代なのではないだろうか。

●かわかみ・けいたろう/1997年愛知大学文学部卒業後、テンプスタッフ(現パーソルホールディングス)に入社し新規事業責任者などを歴任。業界専門誌『月刊人材ビジネス』などを経て、2010年株式会社ビースタイル入社。2011年より現職。延べ2万件以上の“働く主婦層”の声を調査・分析する傍ら、人材サービス業界への意見提言を行う。厚生労働省が委託する女性活躍に関するプロジェクト事業の委員なども務める。

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