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「歴史を語るには大人の分別が必要」日本史学者・本郷和人氏に聞く 歴史の読み解き方

授業科目としては好き嫌いが大きく分かれる「日本史」。いま、日本史に登場する人物を親しみやすく紹介した書籍『東大教授がおしえる やばい日本史』が注目を集めている。

東京大学史料編纂所教授・本郷和人氏監修の同書は児童向け歴史書ながら25万部と異例のヒット。全国の書店では書店員たちが作った力作POPが展開され、昨年の発売から根強い人気に支えられている。

日本史にまつわる著作を多数執筆してきた本郷氏に、日本史教育の問題点、またネットでたびたび話題になる「歴史観」とはなんなのか、話を聞いた。

東京大学史料編纂所教授・本郷和人氏

「物語性」の否定が日本史教育を暗記科目に変えた

——日本史は全員が学ぶ必要のある科目ですが、その一方で大きく好き嫌いの分かれる科目でもあります。これは日本史という教科に何か問題があるのかもしれないと思うのですが

本郷和人氏(以下、本郷):これは結構難しい話なんです。先日、文春オンラインのインタビュー記事で西尾幹二先生が「物語のない歴史は歴史ではない」というようなことをおっしゃっていたのですが、まさにこのあたりが問題になりやすい。

まず、戦前の歴史は天皇を中心とした物語だったわけです。ところが、それを戦後の歴史は全部否定した。どういうことかというと、「歴史は物語ではない」と物語性をなくしてしまったんです。果たしてそれは正しかったのか。

歴史の物語性について有名な「本能寺の変」を例に考えてみましょう。信長が1582年に明智光秀に討たれた。これは事実です。しかし、「それはなぜ?」というところにはいくつも理由がある。そして、それを組み立てていく過程で物語が生じてしまいます。

そのなかには「明智光秀がヅラだったと信長がみんなの前でバラしちゃったから」みたいなものもありますが、それだけでなく、いろんな話が出てくる。そこに物語がうまれるわけです。しかし、戦後の歴史学はそれを否定しました。それが行き着くところまで行って、「日本史」は、とにかく覚える、何年に何があったか暗記しろという科目になったんです。

——たしかに、暗記科目としての性格は強いと思います

本郷:だけど、そういった因果関係を全く盛り込まずただ事実を暗記するだけの歴史なんてつまらないですよね。そうすると歴史の人気がどんどん下がっていく。

だから、私は物語を復活させたいと思ったんです。実際問題、明智光秀が信長を討った原因はひとつじゃない。複合的に絡まっているはずです。そういうときに、ひとつだけ原因を取り上げて、それを理由にこういうことが起こった、だから覚えなさいっていうのは、相当乱暴なんです。何かひとつを答えにすると、他のことはそぎ落とされちゃうわけですから。ただ、例えばそこに過剰なロマンなんかを入れちゃうと、それはやりすぎ、盛りすぎですよね(笑)。

受験科目から日本史をなくせば、日本史教育が変わる?

——そうすると、受験科目としての日本史をどうするかという問題が出てきませんか

本郷:高校レベルでは暗記する仕方をしないと大学受験に受からないという現実がありますからね。正直なところ、私は大学入試から歴史の科目を落としたほうがいいと思っています。

本来、大学入試で見るのは頭の柔らかさだと思うんです。理系でいえば、数学は頭の柔らかい人が点を取れる科目です。では文系の頭の柔らかさをどうやって測るか。実は国語で充分なんですよ。論理的な文章を読んでしっかり理解できますかと。

東大の国語の問題を見ると、非常によく考えられています。それさえできれば、文系の学問は何を学ぶにしてもなんでも来い。そうすれば入試に社会科はいらなくなって、子供に暗記を強要しなくて済みます。

本郷氏は「もっとみんなで歴史の話をしてほしい」と語る

——入試から暗記科目としての日本史がなくなることで、何が変わるのでしょうか

本郷:古代から近代まで全部かけ足で教える必要はないから、高校の授業を思い切って変えられることです。「暗記しなさい」から、「なんで君たちは明智が信長を襲ったと思うか?」を十分時間をかけて議論するという授業に切り替えることができる。

その答えは、「①朝廷がやれと言った ②足利義昭がやれと言った ③他人に命じられたわけではなく、自分が下克上で行けるところまで行きたかった ④信長にいじめられていた」とかね。こんな風に、歴史をみんなで語り合ってほしい。その時、先生はMCやコミュニケーターとして議論を適切にさばく。それが先生の仕事になるといいと思っています。ただ、それをやってもらうには先生方に相当勉強してもらわないといけないですよね。日本史だけでなく、政治経済、世界史など、いろんな本を読んで学んでもらう必要があると思います。

歴史学者でも容易に到達することのできない「歴史観」とは何か

——先生に歴史に関する本を読んでもらうとして、その内容はどのように考えればいいのでしょうか。たとえば、歴史にまつわる本は、その解釈や「歴史観」などが議論になることもありますよね

本郷:私はここ(東京大学史料編纂所)で長く研究している身ということもあり、まぁ信用してもらえるだろう、と参考文献を挙げない派です。なので、自分の首を絞めるのを承知で言いますが、基本的には参考文献が載っていない本はダメです。参考文献や歴史資料がない本は自分勝手な妄想の世界ですから。

「歴史観」というものがどうやってできるかについて話しましょう。歴史を研究するとき、我々研究者はまず、「史実」を復元することから始めます。これはいろんな歴史資料を読んで、どの資料が信頼に足るものかを比較検討しながらおこないます。

たとえば、本能寺の変なら、「100年後に書かれたものと事件がおこった2週間後に書かれたもの、どちらが信頼できる?」「信長の側近で命からがら逃げ出した人が書いたものと、九州の端にいた人が書いたものとどちらが信頼できる?」というようなことです。もちろんリアルタイム性が高ければ何でも信頼できるというわけではなく、少し離れていたほうが真実をつかんでいるという場合もある。そういうことも含めて、「歴史のソース」を一生懸命読み込んでいかないといけない。

これは歴史研究を志す大学院生がまずやるトレーニングです。こうやって、新聞記者が事件のウラを取るのと同じように、歴史のウラを取る。そうすると歴史のひとつの事件の真相が見えてきます。こうしたトレーニングをしないと、古文書や当時の貴族が書いた日記だとかを読み込むのは難しいんです。

次に、「史像」というものがあって、史実をいくつも並べていくと、歴史の流れがわかってくる。なるほど戦国時代ってこういう時代だったんだな、ほかの時代と比べるとこういう特徴があって、そのなかで本能寺の変っていうのはこうやって位置付けられるんだな、ということが見えてくる。史実を復元するには1年くらいかかりますね。そこから史像にたどりつくのは数年必要です。

それを繰り返しながら、戦国時代だけでなくその前の室町、鎌倉時代と比較した時にようやく歴史観というのが生まれてくる。そしてさらに広く、古代・中世・近現代と見ていきながら、歴史観というのを作り上げていく。これは並大抵のことではありません。そう考えると、ひとつひとつの歴史の資料を読み解くことから始めて、自分なりの歴史観を持てるようになる研究者はそうはいないんです。

「歴史観」を持つ難しさは並大抵のものではないという

——日本史の研究者でも、歴史観を持てる人というのは少ないんですね

本郷:昔の偉い先生方は、「死ぬ前に1冊本を書け」とよく言われていたんです。自分の歴史観に基づいて1冊本を書いて、死んでいく。今は大学も成果を求められるので色々本を書くようになりましたが、優秀な歴史学者でも「歴史観」にはなかなか到達できるものではないんです。どうしても時間がかかる。

大学の学部や修士課程でこれ、博士課程ではこれというように、基本的なトレーニングを積んでいるかどうかが重要なんです。基本ができている人はあるところまで行ったら伸びるし、基本ができてない人は途中で息切れする。一握りの天才はそういうことにこだわることはないと思いますが。

「歴史」と「歴史小説」は違う

——歴史上、そのような天才はいるんでしょうか

本郷:学者では今のところいないんじゃないかな(笑)。偉大な先生はちゃんとトレーニングを積んでいらっしゃるから。それ以外で大きな仕事をしたのはやっぱり、徳富蘇峰や幸田露伴、森鴎外あたり。でも、彼らは大学人ではなくて、在野の人です。ただ、彼らは私たち現代の研究者以上に漢文や古典に親しんでいます。

たとえば、森鴎外の『渋江抽斎』、『伊沢蘭軒』、『北條霞亭』という史伝三部作と呼ばれる作品群がありますが、これは小説としてはまったく面白くないんですね。でも、史伝というのは本来そういうものなんです。

——歴史小説とは違うということですね

本郷:今の歴史小説は、「誰かがこう言っていた」というのを元に組み立てていることが多い。だから、司馬遼太郎だとか海音寺潮五郎の小説を自分の理解のなかで構成し直して出している。そうすると、二番煎じになってしまうんですよね。

私から見ても、司馬遼太郎と海音寺潮五郎は歴史資料をちゃんと読み込めていてすごいと思います。やっぱり自分の足で稼いだ情報は強い。誰かが言っていたというのに根拠を置くと「それはちょっと」となる。まあそれでも、売れている本はあやふやなところも含めて面白いんでしょうね。ただ、それはやっぱり歴史とは違うので、人に押しつけたりするべきではないし、語るとしても大人の分別が必要だと思います。

——『やばい日本史』は、歴史上の人物に焦点を当てた本になっています

本郷:一応、そういう作りにはなっていますが、勘違いしないで欲しいのは、人が歴史を作るわけではないということです。つまり、織田信長という英傑が出てきたから歴史が動くわけではない。そのときの世の中の動きが織田信長を選ぶということ。時代の要請がその人を輝かせる。本当はそっちなんです。

私たちは信長という人がこれだけ活躍できたということの背景に、そういう関係性を見出したい。そのつもりで織田信長という人を見てみると、信長が何を求めていたのかということも見えてくる。ひと言で言ってしまえば、それはおそらく、平等よりも平和だったんだろうと私は思います。彼は一揆を起こした一向宗を虐殺するなど、平等を否定しつつ、その流れで世の中を進めていった。


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ということは、やはり当時の人々は平等を手放しても平和を求めたんだと思います。だから平等が明確な形で姿を表すのは、明治維新が起きる200年後、300年後。それまではとにかく平和が欲しいといって、平和な世の中=江戸時代ができた。それだけみんなが平和を求めていたんですね。

こうやって人間を追っていくことで、時代の流れを追うことができる。それを踏まえて、この本を子供に読んでもらえたらと思っています。まずお子さんが買って楽しく読んで、「これ面白いよ」とお父さんにも読んでもらって、そうしてみんなで温かく歴史の話をしてくれれば嬉しいです。

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