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〈多文化〉韓国を生きる 難民・イスラーム・フェミニズム - 田浪亜央江 / 中東地域研究・パレスチナ文化研究

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4.韓国の友人との対話から

もともとの保守層に加え、現在の韓国では韓国ではむしろ「リベラル」な層やフェミニストのなかで、イエメン難民の受け入れを懸念する声がある、という趣旨の記事をこれまでいくつか目にした。私自身がこれまで出会ってきたような、女性の生きづらさを振りほどくための考え方や姿勢と、中東出身のムスリム男性との関わりかたとの整合性をつけるのが難しいと感じる局面はある(むろん相手がムスリムでなくても、あるいは男性でなくても、そういうことはいくらでもある)。だが、難民の受け入れに関する議論は、まったく次元の違う話ではないだろうか。少なくとも受け入れへの「懸念」を口にする人々が、実際にムスリムたちとどれほど付き合い、どの程度彼らのことを知っているのかは、あてにならない。

この文脈をもっと深く知りたいと思い、5年ほど前から付き合いのある韓国の友人Bとの会話のなかで話題にしてみた。映像関係の仕事をする彼女は、韓国のフェミニスト雑誌にときおり寄稿しており、ちかぢか単行本の刊行を予定している。

それはおそらく、このところ韓国でフェミニズムがかつてない盛り上がりを迎え、「フェミニスト革命」の状況になっていることと大きく関わりがある、と彼女は言う。そのきっかけは2016年5月、江南(カンナム)駅付近のトイレで、23歳の女性が34歳の男にナイフで殺害された事件だ。男と被害者はまったく面識のない者同士だったが、男は女性たちが自分を見下していると日頃から感じており、その復讐をしたのだと供述した。

多くの女性たちが、この事件には韓国における女性嫌悪文化が象徴的に現れていると感じた。江南駅の10番出口には、彼女を悼むポストイットのメッセージが貼られ、女性であるというだけで殺害された被害者に思いをはせ、女性への暴力がやまない韓国社会への怒りが表明された。この事件をきっかけにフェミニズムに関心をもつようになったと表明する若い女性が大勢いるという。

他方でこの事件より少し間から、メガリア(Megalia)というコミュニティサイトが作られており、ネット上の女性嫌悪表現に対し、男性に向けて同様の表現を使って攻撃する活動が知られるようになっていた(現在は閉鎖)。江南の事件の影響でフェミニストになったと公言する女性の多くも韓国の男性とは結婚しないと表明し、男性への嫌悪に向かっている。一方、企業など男社会での通俗的な理解ではフェミニストとメガリアが同じ意味で理解され忌避されるようになっている。就職時の面接で「メガリア(フェミニスト)じゃないだろうね」といった質問がなされることもあり、Bいわく、「むかし共産主義者に向けられていた視線」が彼女たちに向けられるようになっているという。

40代のBは、若い世代のフェミニストたちを外側から見ている。Bが問題にするのは、彼女たちのなかにトランスジェンダーやゲイ、難民に対するヘイトをむき出しにする潮流が存在することだ。――こうした性的マイノリティはけっきょく男性性の強化に加担したり、男性性を背負っていたりするということなんでしょう。難民に関しては、ムスリムであれどうであれ、韓国以上に男性支配的な社会から来た人たちだと思われているから、彼女たちが歓迎するはずがない。

メガリアから分派したWOMADはとくにこの傾向が激しい。だが、彼女たちの組織するデモは、かつてないほどの参加者を集めている。モルカ(隠しカメラ)での盗撮ポルノ映像に抗議し、政府に対し捜査の徹底や法の整備を訴えているのだ。8月のデモでは、7万人を集めたそうだ。――ああ何と、12月のデモは11万人ですって。ネット検索をしながらBは小さく叫ぶ。

溜息をつきながらBは言う。イエメン難民受け入れに反対しているのは彼女たちだけでなく、プロテスタントや元からの排外的な右派もいる。でもこの若いフェミニストたちは、マイノリティへのヘイトを大衆化するのに大きな役割を果たしているということでは他のグループとは違う。普通の女性たちが、彼女たちの声を聞くのだから。 

〈多文化〉韓国。さまざまなエスニシティからなる移民社会と韓国社会というだけではなく、韓国社会の内側も文化的差異を先鋭化させ互いを遮断し合っている。よその社会から来たマイノリティにとって、少なくとも日本よりは韓国のほうが生きやすい社会だと思ってきたが、そんなに単純な話ではないことは認めざるを得ない。〈多文化〉を生きることは、排外主義、レイシズム、分断との絶え間ない闘争であり、ほんわかと共存の理想を語ることでない。…そうした闘争を生きる当事者であるBの物腰や口調だけは、ごく穏やかではあるのだが。

Bは続ける。かつて私たちの世代も、女性の問題が他の何よりも重要だと考えていた。でも次第に、ホームレスや障害者、プアワーカー、難民といったさまざまなマイノリティとの連帯が必要だと考えるようになった。今の彼女たちが、そのように変わっていくように見えないのは、そもそもヘイトを梃子に運動を進めているから。それに彼女たちはあちこちのマスコミで取り上げられていて、すでに大きなパワーをもっている。かつての私たちの運動がずっとマイナーなものだったのとは違う… 

今ではお互い関わりを薄くしてしまったが、Bと私は、韓国と日本でそれぞれパレスチナに関わる運動をとおして出会った。だから互いに向き合う二項間の関係というよりも、それぞれがパレスチナ/イスラエルという対象と向き合いながら、その向き合い方の参照項として存在していた。韓国の人々がなぜパレスチナに関心を持つのか、どのような支援活動をしているのかを知ることはひじょうに刺激的だった。Bたちも日本での運動に関して、ある程度はそう感じただろうとは思う。しかし間違いなくこちらのほうが多くを学ばせてもらったのは、民主化を経験した韓国社会では運動が普通の人々の生活に深く根づき、運動文化が成熟しているからだ。

そしてこのことが、互いの社会のなかに入ってくる移民や難民との関わりでも言える。外国人労働者が長年あちこちで産業を支えて来たにもかかわらず、受け入れの事実を否認し無策のままでいた日本に対し、韓国社会ははるかに豊かな経験を蓄積している。それがゆえに差別が可視化されやすく、ヘイトの叫びが堂々と声を高めている、ということになるだろう。その先行きはBが言うとおり決して楽観できるものではないにせよ、その過程で生まれるさまざまな対抗軸の可能性には大いに期待がもてる。

Bとの別れを惜しみ、一人になった帰りの地下鉄の中で、私はこれまでのBとの関係を反芻していた。いつも、教えてもらうことばかり多い。これは個人的な要因ばかりとは思えない。外からやって来る人々と日本社会との関係のあり方が、韓国や他の社会の人々にとって学ぶに値すると感じるものになることは、果たしてあるのだろうか。


田浪亜央江(たなみ・あおえ)

中東地域研究・パレスチナ文化研究

1970年生まれ。東京外国語大学アラビア語学科卒業、一橋大学言語社会研究科博士課程単位取得退学。学部在学中にシリア・ダマスカス大学、大学院在籍中にイスラエル・ハイファ大学留学。国際交流基金中東担当専門員、大学非常勤講師、成蹊大学アジア太平洋研究センター主任研究員を経て、2017年より広島市立大学国際学部准教授。著書『〈不在者〉たちのイスラエル 占領文化とパレスチナ』(インパクト出版会)、共訳書『パレスチナの民族浄化 イスラエル建国の暴力』(法政大学出版局)。

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