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「世界に死刑は必要か?」を読んで

画像を見る2012年4月6日、ボイスオブロシアが「世界に死刑は必要か?」という論説を載せている。抜粋すると

「日本では2年ぶりに3名の死刑が執行された。国際人権保護団体「アムネスティ・インターナショナル」は、日本政府の行動を非難し、死刑は人権の侵害であるとの考えを示している。一方の日本国内では86%におよぶ人びとが死刑を支持している。、、すでに先進国の大多数では死刑は存在しておらず、日本と米国だけが例外となっている。ロシアの東洋大学で教鞭をとり、日本研究センターの所長でもあるアナトリー・コシキン教授は、、日本やいくつかの民族の伝統では、いまだにヴェンデッタ、つまり「血の復讐」という考えが残っています。日本人にとって、他人を意識的に殺した者が、最も厳しい刑罰を受けるというのは自然なことなのです。、死刑の執行後、小川法相は、大臣として日本の世論を無視することはできないという趣旨のことを述べています。、、欧州では、人間の命が神聖なものであるという考えが用いられており、欧州研究センターのウラジスラフ・ベロフ所長は、キリスト教道徳そのもののなかに、死刑が存在できない理由があると指摘している。―この道徳は、法廷も裁判官も、人の命を奪う権利は持っていないという考えに基づいたものです。それは神のみがもつ権利なのです。、、」

写真は死刑囚が最後の祈りをする仏壇(宗教に合わせ変わる)のある日本の教誨(きょうかい)室。

この日本研究者のいう「血の復讐」という意識が日本人にあるだろうか?個人的に死刑は容認するが「血の復讐」という概念は持っていない。

なぜなら、判断の根底にあるのは、明らかにその犯罪者の犠牲になった方へ対する「無念」「成仏」「供養」という、普通の日本人なら持っているだろう考えだ。宗教的な意味ではなく、自然に身についた日本人の感覚としてのそれらが自分に死刑を容認させる。無念は、英語でRegret(残念、後悔、悲嘆)とも訳されるが、微妙に違う。

それが被害者の無念なら、「この世に未練を残したまま死に至り、そのような状況に至った自分に哀れを感じている心情:」とでも言おうか。一般的に、このような死者は霊界で「成仏」できない、つまり、仏(神)になれないと言われる。神社仏閣で日本人が手を合わせ拝むのも、「成仏し霊界で安らかに過ごせるように」との祈りである。それは具体的な行いとして、墓参りで残された者の安泰を報告し、死者に生前好きだったものを供え、現世の平和を願う「供養」という善行につながり、各地の祭りやお盆も供養の意味を持っている。

日本人の多くに、それが赤の他人であれ、「無念」の内に亡くなった方への「成仏」を願う気持ちがあったとしても不思議ではなく自然なことで、それは同時に犯罪者にも向けられる。罪を反省し、重罪で死刑が与えられたのならそれに向き合い、その定めに「無念」を残さず従ってくださいと願い、そのことが「無念」の内に亡くなった被害者への「成仏」になると信じている。これが行われた時、被害者への「供養」も成就し、被害者に対し「これで貴方の無念は晴れました。成仏して安らかに霊界でお過ごし下さい」と報告できる。すべては相手に対する攻撃的な「怨み」からではなく、不幸にも亡くなった者の「無念」への配慮である。また、被害者の「無念を晴らしたい」という想いからの死刑容認であるため、多くの日本人は、死刑を行うことへの罪悪感からも開放されていると思う。

個人的には、死罪を受け止めた犯罪者にも同じ想いを持つ。知り合いで身内を犯罪で亡くした方がいるが、彼は身内の供養の際に、死罪になった犯罪者の供養もしている。死んで成仏すれば皆仏になり、仏になればみな同じという考え方で、神がひとつの国や、犯罪者には「供養」は必要無いとして墓も作らないという、アジアのある国とは違った概念が日本にはある。

この「無念:Munen」「成仏:Joubutu」「供養:Kuyou 」という概念を、日本を知りたい外国人は正確に理解すべきだろう。外国から奇異に見える事の多くがこれで説明できる。例えば、日本人の靖国参拝などである。亡くなった仏は平等で、安らかにという想いからだ。この言葉は、多くが亡くなった大震災の遺族の方や、災害を痛ましく思う方の記述にも多く見られる。それは、亡くなった方の無念さを思えば、彼らの被災地がより平和で安定した郷土にならなければ死者は成仏できないという考えであり、これが、国民の多くが不安な原発に反対する考えにもなる。誰しもが「貴方の死は無駄にならず、郷土はこんなにも平和で安全になりましたよ」と供養したいと願っている。

リンク先を見る赤穂浪士の行った惨劇を、欧米は「復讐劇」と見るだろうが、日本人は、自分の主君の「無念」を晴らし、それが主君の「成仏」「供養」になるという考え方で、そこには、相手を怨んだり憎む感情よりも、非業に亡くなった主君の無念や成仏を優先する日本の通念が働いている。これが大衆に美談とされるゆえんで、無念を晴らされた側のさらなるあだ討ちを幕府が禁じたゆえんでもある。つまり、当時の社会通念を守った集団は、悪党の集まりではないのであり、日本人は今もそれを理解する通念を持っている。絵は、主君に報告する義士たち。*
恨みと怨みの違い  
過去ブログ:北朝鮮の政治犯収容所では毎年1万人以上が死亡

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