- 2019年03月01日 09:15
被曝マグロは"築地"地下3mに埋められた
2/2■事件を風化させぬためマグロの墓が作られたが……
だが、そんな記憶も時の経過とともに薄れていく。数年もたてば築地市場に埋められたマグロの存在はおろか、第五福竜丸事件に関心を寄せる人は少なくなってしまった。
第五福竜丸はその後、除染され東京水産大学の練習船として改造されたが、1967年に廃船に。しばらく夢の島に打ち捨てられていたが、保存運動が起こり、1976年に第五福竜丸展示館に展示されることになった。
一方で、東京都は1996年、都営大江戸線築地駅の出入り口設置工事に伴い、マグロの骨の発掘調査を実施することを発表する。当時の資料を元に埋められたとおぼしき場所を掘り起こしたが、一片の骨も出てこなかった。
このままでは、第五福竜丸事件は風化してしまう――――。
危機感を募らせたのが元乗組員の大石又七さんであった。大石さんは自らが発起人となり、マグロの墓(塚)をつくるための十円募金を開始したのが1997年のこと。募金は2万2000人約300万円が集まり、2000年4月にマグロ塚が建立された。重さ2トンの伊予青石(数々の名庭にも景石として使われている青または緑の岩石)でできたマグロ塚は、まるで太平洋の荒波のように力強く波打っている。揮毫は大石さんによるものだ。
塚には署名、募金してくれた人々の名簿がタイムカプセルとして「埋葬」されている。そして、100年ごとにカプセルを開けることが約束された。
食卓や寿司店に上がることのなかった被曝マグロや、第五福竜丸乗組員、そして核のない世界を望むすべての人々の魂が、このマグロ塚には込められているのである。

■なぜマグロ塚は被曝マグロが埋葬地・築地にないのか
ところが、このマグロ塚、被曝マグロが埋まっている築地にはない。現在、都立「第五福竜丸展示館」(東京都江東区夢の島)の敷地隅にある。築地市場には、いきさつが書かれた金属プレートのみが設けられた。
なぜ、第五福竜丸展示館の敷地に塚が立てられたのだろう。本来は被曝マグロの埋葬地である築地市場に建立されるのが正しい祀り方ではないか。
埋葬地とマグロ塚が離れた場所にあるのは、塚の設置当初、築地市場の再整備の話が持ち上がっていたからだ。再整備計画が実行され、工事が完了するまでの仮設置場所として、第五福竜丸展示館敷地に置いたのだ。
第五福竜丸展示館によれば、塚が完成してから10年間ほどは、死亡した久保山無線長の命日に塚の前で、大石さんら関係者が集まって「マグロを食べる会」を実施していた。だが、現在はこうした弔いの行事は実施されていない。
豊洲への移転を完了させた築地市場。マグロ塚の築地への本設置や、市場の玄関に掲げられたプレートの今後の扱いについては未定だという。
本当に、五輪終了後、被曝マグロが埋められた本来の場所に、マグロ塚が恒久的に設置され、弔われる日が来るのだろうか。五輪の熱狂とともに、歴史的な負の遺産の存在がかき消されてしまわないことを心より願う次第である。
(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)
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