- 2019年02月28日 09:15
「10分どん兵衛」を応援した日清の機転
1/2失敗を成功に変えるには、なにが必要なのか。神戸大学大学院の栗木契教授が、マーケティングにおける「失敗→成功」の事例を検証したところ、代表例として浮かび上がったのが日清食品の「10分どん兵衛」だった――。
■どん兵衛の売上が前年比1.5倍になったワケ
読者のみなさんは「10分どん兵衛」という言葉をご存じだろうか。
きっかけは、2015年に芸人のマキタスポーツ氏がラジオで、「(カップ麺の)どん兵衛は10分待って食べるとおいしい」と発言し、SNSで話題になったことだった。これまで日清食品がパッケージなどで推奨してきた待ち時間は「5分」であり、それよりおいしい食べ方があったのであれば、食品会社としてはたいへんな失敗である。
日清食品はこの事態にすばやく反応して、「5分でお客様においしさを届けることに縛られすぎていて 世の中の多様性を見抜けていなかったことを深く反省しております」とのお詫び文をホームページに掲載した。SNSでの話題はさらに広がり、「日清のどん兵衛 きつねうどん」の売り上げは前年比1.5倍になった。失敗もうまく使えば、マーケティング上の大きな成果につながる。
画像提供=日清食品
気をつけていても失敗は起こる。だが慌ててはいけない。起きてしまった失敗には、真摯に向き合い、対策を重ねる。そうすれば、その後のマーケティング活動は確実に高度化する。
いやその前に、気を落ち着けて、考えてみるべきことがある。マーケティング活動の組み立てを見直せば、失敗に見えていた活動が別のところで大きな価値を生み出すかもしれないのだ。
失敗とは、何らかの前提のもとでの価値判断である。
■後発だった阪急がウリにした「ガラアキ電車」
関西の大手私鉄の一角をなす阪急電鉄。神戸線が開通したのは1920年のことである。当時の沿線の人口は少なく、「ミミズ電車」と揶揄された。人家はまばらで、竹林や田畑が広がる田園地帯を、阪急カラーの小豆色の車体がつらなって走れれば、それはミミズのように見えたかもしれない。そんなミミズが、乗客の数で採算を合わせることは、そもそも難しいと見られていた。
「綺麗で早うて、ガラアキで、眺めの素敵によい涼しい電車」
これは創業者の小林一三氏が自ら書いたという広告文である。「ガラアキ」とは大失敗に開き直った自虐ネタにも見えるが、鹿島茂氏は別の見方を示している(『小林一三』中央公論新社、2018年、p.151)。
沿線の住宅開発の余地が大きいことを見越して、不動産収入を加えて採算を合わせる。このようなビジネスモデルを小林氏は考えていたはずであり、ガラアキ電車には、通勤の快適さを訴求し、分譲住宅地の購入をうながすねらいがあったと見られるのである。
当時の関西において、阪急電鉄は後発の鉄道会社であり、先行する大手事業者を押しのけて条件のよいエリアに参入することは、かなわなかった。しかし、既存の成功企業では失敗の烙印を押されるエリアにおいて、別の発想で収益の道筋を見いだすことができれば、競争戦略のアポリア(困難、行き詰まり)を突破できる。失敗を起点とするからこそ生まれる、後発企業にとっての突破口である。
阪急電鉄神戸線のように、乗客収入にたよる前提だと失敗に見えた事業も、不動産収入などを加えた展開へとビジネスモデルを切り変えれば、収益事業に転じる。
こうした領域は、当初は競合企業が存在しなかったり、参入に出遅れたりすることになりやすく、競争戦略上の利点がある。
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