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前田正子『無子高齢化 出生数ゼロの恐怖』

 少子化は社会を維持できなくなる大変な問題だ、という前提さえ共有するなら、あとはどう対策(解決策)を考えるか、という話になる。

 本書・前田正子『無子高齢化 出生数ゼロの恐怖』(岩波書店)にはタイトルの通り現状を告発する部分がかなりあるが、では解決策をどうするかという問題にしぼって評してみる。

無子高齢化 出生数ゼロの恐怖

無子高齢化 出生数ゼロの恐怖

 

 「少子化対策」と聞いてまず「保育所整備」が頭に浮かぶ人も多かろう。

 そうした政策認識について著者(前田正子)は次のように批判する。

〔2000年前後の政策は――引用者注〕どれも保育整備に重点が置かれ、そのほかは各省の既存政策を並べたもので、包括的な子育て支援策が整合的・戦略的に講じられることはなかった。(本書p.73)

 もちろん、保育所整備は少子化対策の一環ではあるが、前田はそれを包括的政策の部分化でしかないとして批判するわけだ。

 例えば、左翼陣営で言えば友寄英隆は、労働を変えることが「『少子化』対策のカギ」とのべる。

「少子化」対策のカギは、労働法制のあり方を根本的に見直して、人間的な労働と生活のあり方をめざすことです。長時間労働を是正し、最低賃金を大幅に引き上げ、安定した暮らしができる賃金を保障することです。非正規労働の労働条件を抜本的に改善することによって同じ労働をしている正規の労働者との格差をなくし、男女の賃金格差をなくすことです。(友寄『「人口減少社会」とは何か』学習の友社、p.141)

 あえて問題軸を立てる。少子化対策の中心は、保育の問題か、労働の問題か。

 前田の本書を読むと、生涯にわたって結婚しない男女が増えているという。それなのに、保育所を整備してもそれだけでは解決しないではないか、と。

 では前田は労働改革だと言うのかと思えば、必ずしもそうではない。

 前田の提言は本書第5章のタイトルにあるが「若者への就労支援と貧困対策こそ少子化対策である」ということになる。5つの提言をしているが、要は人生前半=若者への支援を強化しろということなのだ。その中で、経済的支援としての若者の貧困対策と、ロスジェネ世代への支援を強調している。

そもそも収入が低く、雇用が安定しない人は男女ともに結婚しにくい。(本書p.142)

要するに、何よりも男女ともに安定した仕事を得ること、結婚して二人で働けば出産・子育てのできる経済力、それこそが少子化対策に必要なのである。(本書p.143)

 友寄の解決方向に似ている部分もあるが、若者の経済支援(貧困対策)・就労支援に特化している点が違う。

 前田は「貧困対策」として何をイメージしているのだろうか。もう少し見てみる。

適切な職業訓練や生活支援で一人ひとりの職業能力を高めるとともに、最低賃金の引き上げなど、フルタイムで働けば自立して働けるだけの所得を保障する。(本書p.160)

 ぼくは(保育所整備も含めてだけど)こうした提言を間違っているとは思わない。

 だけど、あえてどこに政策重点を置くべきか、という問題で言えば、ここではないんじゃないかなと思う。「ここ」とは「職業訓練」「職業能力を高める」「フルタイムで働けば自立して働けるだけの所得」という就労支援の部分だ。

 この改革は最低賃金引上げは別として、いろいろな難しさがある。「職業訓練」「職業能力を高める」ことは果たして多くの若者に将来見通しを持たせるだろうか、という疑問が残るのだ。

 また、「フルタイムで働けば自立して働けるだけの所得」という点では、フルタイムが地獄のサービス残業とセットになったり、「自立して働けるだけの所得」を払わない企業がいたりする。つまり、企業サイド(あるいは労使関係)における改革を待たねばならない。労組加入率の現状からいえば、かなり時間のかかる課題ではなかろうか。

 巻末に常見陽平と前田の対談が載っており、そこで常見から赤木智弘の発言が紹介されている。

作家の赤木智弘さんと院内集会をしたときに、彼が言ったのですが、いまや仕事は「資源」なのだと。人間らしい仕事、真面目に働けば結婚でき、子どもも持てて、大学にもやれる、そういう仕事を掘り起こし、配っていくことが重要だと思います。(本書p.202)

 確かにそういう仕事にしていくように闘争しなければならないのだが、それは現場の労使関係にかなり依存するのではないか。だとすれば、変わるのにかなり時間がかかる。

 ではどうすればいいのか。

 ぼくの提案は、最低賃金を時給1500円以上に引き上げた上で、住宅費と教育費を社会保障に移転することだ(この延長線上にはベーシックインカムもある)。

 なんども書いていることだけど、正社員で年功序列の賃金体系では、年齢が上がるに従ってこの2つの費用を補填するために賃金も上がっていく。逆にいえば、非正規労働者の場合、この2つの重石が結婚して子どもをもつ展望を失わせる。

 パートやアルバイトという短時間労働者であることが「悲劇」なのは、人間らしい生活を送れる賃金を得られないからであって、この二つが社会保障に移転してしまえば、短時間労働者でも「健康で文化的な最低限度の生活」に手が届く可能性がある。そうなれば、時短も一気に手に入れられるのだ。

 かなり歪んだものであるとはいえ、教育は無償化の大きな動きが始まっている。

 しかし、住宅費についてはようやく「セーフティネット」という形で部分的に始まったばかりである。公営住宅の整備(または民間住宅の借上げ)か、家賃補助(住宅手当)という形でこの動きを加速させたい。

 そして、その原資は、大企業や富裕層から移転させろ、というのが左翼たるぼくの意見である(この点では前田は、高齢者福祉からの移転や「一人ひとり」への負担増という形で提案しており、明確にぼくと意見が違う)。

 要は、労使関係に委ねられた雇用という形ではなく、政治ができる政策の形で少子化対策を急いでしなければ時間的に間に合わないのである。

 労働時間規制については労働基準法通り「1日8時間」を厳格に守る体制ができればかなり有効な策にはなると思う。しかし8時間で暮らせる賃金を得るためには、やはり住宅費と教育費の社会保障移転は必須だろう。

本としての面白さ

 さて、以上は本書の提言部分に関する評であるが、他方で、本書を書籍として眺めた場合、いろいろ情報として得るものも少なくなかった。そういう意味では読んでおいて損はない本である。

 例えば、1992年の旧労働省職業安定局による『外国人労働者受入れの現状と社会的費用』という検討文書を知らなかった。

五〇万人の外国人労働者を受け入れた場合、単身では「入り」の方が多いが、配偶者が来た場合はコストが便益の倍になる。さらに学齢期の子どもが二人いると、教育費や住居対策費が必要になり、扶養家族が増えるにつれ税収も下がるため、1年でメリットの四・七倍に当たる約一兆四〇〇〇億円ものコストが発生するという。(本書p.169)

 外国人労働者を単なる「労働力」ではなく「人間」として扱えば相応のコストがかかるということだ。当たり前であるが。

解雇されやすい、つまり職が続きにくいという問題は解決されないが。

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