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「サッチャー」を通して見る「英国」「リーダー」 - フォーサイト編集部

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時に「女性カード」も

――「巨人の時代」は、「巨人の交流の時代」でもあります。サッチャーの対人観や対人関係はどうだったのでしょうか。

 彼女も政治家ですから、自分の女性的な魅力が必要だと思われるときには、それを利用したとのは間違いないと思いますね。

 ただ一方で、彼女は圧倒的な男性社会の中で、権力の一番上まで上り詰めていったと。だから、男性に伍して地位を勝ち取ったという強烈な自負心もあったはずです。

 この本の中で、サッチャーはフェミニストを信用していないということを書きました。私自身はフェミニズム批判の気持ちはまったくありませんが、彼女はフェミニズム的な、女性がある種の被害者だから誰かに何とかしてもらわなければいけないという他力本願的な考え方には、全くシンパシーがない。それはサッチャー自身が、自分の力で地位を勝ち取ってきたという強い自負心があるから、女性だからどうだといったような議論を受け入れたくないという気持ちが非常に強かったんだと思います。ただ本人の行動スタイルは、性別に関係なくというよりも、大きなハンディキャップを負いながらやっていった、という感じがします。

 でも上り詰めた後では、自分が女性であるというカードを時々はうまく使っていたのかもしれません。私自身が目にしたわけではなく、さまざまな目撃談や証言の中からそういったことを取り上げたのですが。特にミッテランとの関係については本にもいろいろと書きました。

 政治とか外交といっても、最後は人間がやることです。しかも冒頭でも申し上げたように、時代や秩序の変わり目では、リーダーの果たす役割が非常に大きかった。それは逆に言うと、リーダー同士の関係が物事のさまざまな流れに与える影響が、非常に大きかったはずなのです。その意味で指導者同士の関係はとても大事だと思うので、そういう部分についてこの本にも書きました。

「栄光ある孤立」

――この本では、サッチャー外交はやはりヨーロッパとの関係をどうしていくのかに腐心していたと読み取れます。

 本にも書きましたが、英国は常に、ヨーロッパを救っているという「自負」があるように思います。

 その意味では、英仏海峡の存在は大きいのです。そこには物理的地理的にはもちろん、歴史的文化的にも大きな距離が存在している。

 ヨーロッパではいろんなことが起きます。それは権謀術数的な政治のありようであったり、あるいは文化的な部分でのある種の退廃だとか。サッチャーは、もちろん口に出して言うことはありませんが、彼女や彼女の生まれ育った世代はおそらく、そうしたヨーロッパの状況に対しておそらく優越感のようなものを持っていたんだろうと思うんです。その意味で、サッチャーはヨーロッパとの距離感を非常に色濃く残した指導者だったと言えると思います。

――中でもドイツを警戒視していました。

 英国の戦略的な立場というのは要するに、ヨーロッパ大陸での覇権国家の出現を許さない、ということです。ただし、領土的野心や拡張主義的な意味でヨーロッパに出かけることはほとんどない。覇権国家が出現したら、他の国家と連合して打倒する、という形です。その観点からこの1、2世紀を考えると、どうしてもドイツという国家を警戒せざるを得ないわけです。

 ですからサッチャーとしては、英仏海峡を挟んで「栄光ある孤立」というスタンスを取りながら、しかしヨーロッパに対して常に関心を抱いている、という立場を望んでいたのかもしれません。

 ただそうした彼女の感覚と、1970年代以降の欧州統合の流れの中で起こっていた政治的現実の間にずれがあったのかどうか。これは非常に難しい問題で、当時からずれがあったと言われていますけれども、ブレグジット(Brexit)みたいなことが起きると、結局サッチャーの言っていたことは正しかったんじゃないか、といった見方も出てくるわけなんですね。

 そもそも英国民自体、英国のアイデンティティーに非常に強い思い入れがあることは間違いないと思います。

 通貨やメートル法といった様々なことを考えると、やはり欧州との関係は大事である。さらに、植民地大国ではなくなった現在、国際的な影響力を発揮するためには欧州と一緒に行動する必要があるとかいった現実的な、問題はある。

 しかし一方で、英国のアイデンティティーを守りたいという非常に強い気持ちがあり、欧州統合によってそれが脅かされているという気持ちがあるわけです。移民の問題がそうですし、EU本部のブリュッセルからいろんな規則などが押し付けられる。そうしたことに対する歴史的・文化的な違和感が今のブレグジットの根本にあるということは言えると思います。

再び大きな変革の時代に

――こうしたサッチャーの政治観は、現在の英国にも残っていますか。

 そこは非常に難しいところです。例えば今のテリーザ・メイ首相もそうですが、トニー・ブレア労働党政権時代には、政策的にはサッチャリズムに非常に近いところまでいきました。でも、サッチャー以後の各政権は、むしろサッチャー的なものとはできるだけ距離を置こうとしている感じがあります。だからそういう意味では、サッチャー的政治観ではなく政治手法の部分がより継承されているように思います。

 それはどういうことかと言うと、「巨人の時代」がまさにそうなのですが、政治が属人的なものになることに伴って、政策決定のあり方やメディア対策といった、今まで組織で仕事していたものが、政治家中心に動くようになっていったということですね。それは英国の場合、恐らくサッチャー以前とサッチャー以後ではっきり変わったところだと思いますし、そうしたサッチャー的手法は今もずっと続いています。

 そうした意味でサッチャーの政治を理解することは、今の英国政治を見る上でも非常に重要だと思います。

――サッチャーから日本が学ぶべきことは何でしょう。

 英国と日本は、もちろん違う面も数多くありますが、議会制民主主義、議院内閣制で政治を動かしています。この点では、日英には大きな共通性があります。

 今回の本では、サッチャーが属する保守党の党首選がどういう経緯をたどったのかについても書きましたが、そのあたりのダイナミズムという面は、日本も同じだと思える部分があるんですね。読者の方が日英の距離感をどのくらい感じてらっしゃるかは別として、サッチャーという人物がこうした仕組みの中でどのようにリーダーシップをふるったかということは、われわれ日本の政治を考える上でいろいろなヒントを与えてくれていると思います。

 ただそのリーダーシップも、時代によって求められるものは当然違うわけです。先にもお話ししましたが、「巨人の時代」にはサッチャーのようなリーダーシップが求められていた。それは大きな変革が求められる時代でした。

 でもそのリーダーシップと、物事がそれなりに安定して、地に足をつけて生きていく必要がある時代のそれとは違ったのだ、という感じはします。

 そして今はまた、時代が大きく変わりそうな感じがします。物事が順調に動いている時代とは違うリーダーシップが必要になってきているのではないか。もっとも今、サッチャーが登場したとして、成功するかどうかはわかりませんが。彼女は時代の要請に応えて登場したわけですし、一方で時代が彼女を育てた部分もあるのですから。

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