- 2019年02月26日 16:22
「サッチャー」を通して見る「英国」「リーダー」 - フォーサイト編集部
1/2「鉄の女」と称されたマーガレット・サッチャー元英首相が2013年に87歳で亡くなってから、まもなく丸6年が経とうとしている。サッチャリズムと呼ばれた経済政策、フォークランド紛争での戦争指導など、強いリーダーシップで英国を引っ張り、「斜陽の帝国」を再建したことで知られる一方、欧州統合には徹底して反対を貫いた。
英国は結局欧州連合(EU)に参加したものの、2016年に行った国民投票でEU離脱を決定。もっとも離脱を巡る国論はなかなかまとまらず、混乱した状況が今も続いている。そんな中、サッチャーの慧眼や指導力を懐かしむ声も多い。
そんな中、サッチャーの生涯を追った評伝『マーガレット・サッチャー 政治を変えた「鉄の女」』(新潮選書)が刊行された。
著したのは冨田浩司さん。1957年に生まれ、東京大学法学部を卒業後外務省に入省。総合外交政策局総務課長、在英国日本大使館公使、在米国日本大使館次席公使、北米局長、在イスラエル日本大使を経て、現在はG20サミット担当大使を務める、現役の外交官だ。2011年には『危機の指導者チャーチル』(新潮選書)を上梓し、あるべき指導者像を論じた。その冨田さんに、サッチャー政治とは何だったのか、その背景について聞いた。
「巨人の時代」の先陣を切って
――サッチャー元首相の活躍した時代には、他にロナルド・レーガン(元米大統領)、フランソワ・ミッテラン(元仏大統領)、ヘルムート・コール(元西独首相)、中曽根康弘(元首相)と、綺羅星のごとく西側諸国の巨頭が登場しました。中国でも、鄧小平が実権を握って最高権力者に躍り出るのがこの頃です。この時代のことを「巨人の時代」と表現していますが、中でもサッチャーが一番最初に登場した(1979年首相就任)ということには、何か必然性があったのでしょうか。
今回の本の中で「巨人の時代」と書きましたが、それは逆に言うと、時代の大きな変わり目だったということだと思うんです。既存のいろんなシステムや政治の仕組みが機能しなくなって、指導者が果たす役割が非常に大きくなる時代だったということですね。
そういう意味で、サッチャーが一番最初に出てきたということは、ある意味英国が当時直面していた問題の大きさ、危機の深刻さというものの表れだったと思います。労働争議が英国内で吹き荒れて、ある町では死者さえ葬れないような状況が出てきていた。これは単に労働争議だけの問題ではなく、社会全体がどうなるのかという非常に大きな危機の中で指導者が求められた、という事情があったのだろうと思います。
それはつまり、時代の変わり目だからこそ指導者が果たす役割、あるいは彼らの腕の振るいどころが大きかったということもあると思います。だから、ちょうどそういう人材に恵まれたという面も、時代がそういう指導者を育てたという面も両方あったのでしょうね。
他面的な「鉄の女」
――私たちは「鉄の女」という強いイメージにとらわれ、幻惑されてしまいますが、今回の著書では多面的に光を当てていますね。
私も同じような先入観を持っていました。「鉄の女」というイメージもそうだし、政策的に言うと、いわゆる新自由主義、マネタリズムやサッチャリズムといった思想を推し進めた人、という印象がかなり強くありました。

ところが、彼女の生い立ちからのことをいろいろ調べていくと、例えばキリスト教的な信念が果たした役割などといった、自分が事前にあまり意識していなかった部分があることがわかった。どんな人間でもそうでしょうが、その人の抱える矛盾というものは、やはり一面では捉え切れないものだと思いました。
だから本の中にも書きましたけれども、彼女には非常に慎重な部分と、ある意味で蛮勇を振るう部分があったりする。あるいは人との接し方にしても、矛盾がある。そういう意味でいうと、この本を書くことによって、サッチャーという人に対する理解が深まったという充実感はあります。
――意外だったのは、サッチャーがキリスト教的信念、とくにメソジストとしての信念がその人格に通底しているという部分です。英国人は基本的に宗教から自由だというイメージがありましたが。
ふだん英国で生活していると、みんな教会に行っているような風情もないし、宗教が本当に大きな役割を果たしているのだろうか、という気持ちになりますが、英国の政治史などを勉強すると、やはり宗教が非常に大きな重みのある国なんだということがわかりました。
北アイルランドの問題などは、結局のところ宗教戦争のようなもので、まさにサッチャーが首相を務めているころまで、IRA(アイルランド共和国軍)との果てしない闘争があったわけですね。そういう意味では宗教が英国政治にとって持つ意味は決して小さくないということを今回改めて感じました。
もう1つは、サッチャーが言っている宗教とは、神様とかいった我々がイメージするようなものというよりは、むしろ価値観とか倫理観、いろんな物事に対する態度といったものが非常に強調されたものなのだ、という感じがします。
例えば、サッチャリズム。私なりの解釈としては、それはやはり人間の態度あるいは政治的態度の問題だと考えているのですが、それはそれは神に対する信仰というよりも、神との関係の中で人間がどういう行動を果たすべきかに重きを置いたものなんですね。
こうした態度が、彼女の信念の強さや政治的信念の一貫性の源泉になっている。これが、本を書くためにいろいろと調べた中で発見したことでした。つまりサッチャーは、宗教的倫理観が政治的な強さの源泉ということになるのでしょうね。



