- 2019年02月26日 09:15
野村ID野球を成立させた「メモ」の中身
1/2仕事で成長する人は、どこが違うのか。野球評論家の野村克也氏は「監督時代、自分やコーチの話を聞いてしっかりメモをとる選手は大成した。メモを読み返してしっかり消化し、その蓄積が考える力を養ってくれる」と説く。現役時代から自身が徹底したメモの活用法とは――。
※本稿は、野村克也『野村メモ』(日本実業出版社)を再編集したものです。
■「ID野球」はメモ魔の選手たちと築いた
南海ホークスで選手兼任で監督を務めて以来、私はヤクルトスワローズ、阪神タイガース、シダックス(社会人野球)、東北楽天ゴールデンイーグルスの計5球団で監督としてチームの指揮を執った。
※写真はイメージです(写真=iStock.com/triloks)
振り返れば、ミーティング中などにしっかりとメモを取るタイプは、大成していった選手が多いように感じる(まあ中には、阪神時代の新庄剛志のような天才肌の特異なタイプもいるが……)。
とくに、ヤクルト時代はミーティングにおいてメモを取る選手が多かった。古田敦也や宮本慎也のような真面目なタイプは、「メモ魔」と呼んでもいいくらいにメモを取っていた。その他にも、「ブンブン丸」の愛称で親しまれていた池山隆寛や長くチームの4番を務めていた広澤克実も、私やコーチの発する一言一言をしっかりとメモしていた。
私の代名詞ともなっている「ID野球」は、このヤクルト時代に生まれた言葉である。しかし、「ID野球」は私ひとりの力で築き上げたものではない。私やコーチが発した情報を選手たちがメモし、それをプレーの中で生かしてくれたからこそ、「ID野球」という言葉がマスメディアを通じて世に広まり、私がヤクルトで監督を務めた9シーズン(1990~1998年)で4度のリーグ制覇、そして3度の日本一という輝かしい成績を収められたのだと思っている。
■メモを取らない選手は大成しなかった
メモをしっかりと取る選手が大成していったのに対し、メモを取らないタイプの選手は試合中のミスも多く、一軍に定着できずにすぐに二軍落ちになったり、あるいは人知れず引退していった。
いくら身体能力が高くても、それだけでは食べていけないのが「プロ」の世界である。投手であれば、投げる球が150キロを超えるような豪速球でも、コントロールがなければそれは宝の持ち腐れに終わる。また、打者であれば、「当たればホームラン」というようなパワーヒッターであっても、プロの投手はそうそう甘い球を投げてはくれないから、変化球にも対応できるような技術と、「次はどの球種がどのコースに来るか?」といった「先を読む力」が必要となる。
ミーティングで聞いた話をメモし、それを読み返しながら自分の中でしっかりと消化する。そういった情報の蓄積が結果としてミスを減らすことになり、その人の「考える力」を養ってくれるのである。
監督と選手の間に生まれる「信頼」は、一朝一夕にできあがるものではない。監督の発した言葉、あるいは指示したことを選手が実際にプレーの中で実現していくことで「あっ、この選手は私の言ったことを理解してくれているんだな」と監督の中に選手への信頼感が生まれ、選手のほうも「監督の言うことを聞いていれば自分の実力が上がっていく」と監督への信頼感が育まれていく。つまり、この相互の「信頼感」こそチームを強くする要因であり、その原動力となるのが「メモ」なのである。
■毎試合後、メジャーリーガーに質問しまくる
私が野球というスポーツの奥深さを知り、本気でその本質を考えるようになったのは、南海ホークスでドン・ブレイザーに出会ってからだ。
野村克也『野村メモ』(日本実業出版社)
当時は、メジャーリーガーと接することなど夢のまた夢という時代だった。だから、私はアメリカからやってきたブレイザーとその通訳を毎試合後食事に誘っては、本場の野球に関する質問を投げかけまくった。
ブレイザーと交わした会話で鮮烈に記憶しているのは、彼が私に対して最初にしてきた質問である。ブレイザーは私にこう聞いてきた。
「ムース(と私は呼ばれていた)、君が打者でヒットエンドランのサインが出たらどうする?」
私は、「そりゃ、空振りや見逃しをしたら走者が刺されてしまうから、意地でもゴロを打つよ」と答えた。
■野球の奥深さを外国人選手から学んだ
するとブレイザーは「それだけか?」と言う。当時の日本の野球は、私が答えたような内容までしか考えが及んでいなかった。私が答えに窮していると、ブレイザーはこう続けた。
「一塁走者が走ればセカンド、ショートどちらかが二塁ベースに入る。私なら、その空いたほうを狙ってボールを打つ。つまり、セカンドがベースカバーに入れば一二塁間を狙い、ショートが入れば三塁間を狙うわけさ」
これは、現代野球では小学生でも知っているような当たり前の考え方である。しかし、当時は私たちプロ野球選手もそこまで考えが及んでいなかった。
その時、私は「メジャーリーグはやっぱりすごいな」と感心すると同時に、「でも、セカンドとショート、どっちがベースカバーに入るのかわからないな」と疑問に感じたのでそれも聞いてみた。
するとブレイザーは「一塁走者が盗塁するかのようにフェイントをかける。そうするとセカンドかショート、どちらかが動くだろ。打者はそれを見て判断すればいいんだよ」と答えた。これが、私が野球の奥深さをブレイザーから学んだ最初の出来事である。
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