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政治家は「言葉が命」なのか?

■「詩人」や「俳人」になってしまった政治家

 週末の某テレビ番組で桜田義孝五輪相の「がっかり」発言(失言)の話題を伝えていたので、少しだけ横目で観ていると、以下のような言葉が耳に入ってきた。

 「政治家は言葉が命

 これを聞いて「えっ!?」と思った。いつから政治家は「詩人」や「俳人」になってしまったのだろうか?…と。

 しかしその違和感とは別に、よくよく考えてみると、これほど国民を馬鹿にした言葉もないような気がする。なぜなら、この言葉の裏には「政治家は言葉さえ綺麗なら、馬鹿な国民は騙せる」という意味合い(ニュアンス)が込められているとも考えられるからである。もっと言えば、「二枚舌の偽善者であっても言葉さえ巧みに操れる人物なら政治家に向いている」ということになってしまう。

 政治家にとって最も重要なことは、言うまでもなく「正しい政治を行うこと」であって「綺麗な言葉で話すこと」ではない。言葉が汚なくても正しい政治を行える政治家と、言葉が綺麗でも正しい政治を行えない政治家なら、誰が何と言おうと前者こそが有能な政治家である。

 ちなみに、ここで言う「正しい政治」とは「国益に適った政治」のことを意味する。

 ゆえに、正しくは「政治家は政策が命」であって、言葉は二の次になる。

 「言葉が命」というのは、言葉によって人の感情を動かす職業に就いている人にこそ当て嵌まる言葉だと言える。良い意味で感情を揺さぶることができるのが「詩人」や「俳人」、悪い意味で感情を揺さぶることができるのが「詐欺師」である。

 「詩人(俳人)は言葉が命

 「詐欺師は言葉が命

 これならピッタリ当て嵌まる。

■「政治家は言葉が命取り」になっている日本社会

 政治家の行う「政策」よりも、政治家の「言葉遣い」を重要視するような社会は間違っている。政治の中身よりも外面ばかりに目を向ける社会は明らかにおかしい。

 政治の世界は、あくまでも「はじめに政策ありき」であって、「はじめに言葉ありき」ではない。

 同じテレビ番組内で、「政治家は、言葉よりも思想が重要だ」と言っている人もおられたが、思想が大事と言うなら、なぜ、言葉遣いを批判する必要があるのかサッパリ解らなかった。

 もしかすると、「思想が言葉を作る」と言いたかったのかもしれないが、言葉遣いが悪いことや失言することが、必ずしも思想に原因が有るとは言い切れない。正しい思想の持ち主であっても、失言することは有り得る。

 思想と言葉を強引に結び付けるのではなく、思想と政策を結び付けた批判をするべきだと思う。

 なぜ、こういう政策よりも言葉が重要などという本末転倒な風潮が蔓延るのかと言えば、結局、現代の日本では、「政治家は言葉が命」ではなく、「政治家は言葉が命取り」になってしまっていることが問題なのだと思う。だからいつまで経っても、政策に目が行かない。

 消費増税が目前に迫ったこの時期、もういいかげんに、上っ面(言葉)ばかりに目を向けるのではなく、肝心の中身(政策)にこそ目を向けた議論をしていただきたいものだ。

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