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【読書感想】第160回芥川賞選評(抄録)

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文藝春秋 2019年3月号

Kindle版もあります。



文藝春秋2019年3月号[雑誌]

  • 作者: 立花隆,塩野七生,上田岳弘,朝吹真理子,浅田次郎,町屋良平,田原総一朗,松本人志,笑福亭鶴瓶,宮城谷昌光,有働由美子,篠山紀信
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2019/02/09
  • メディア: Kindle版
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今月号の「文藝春秋」には、受賞作となった、上田岳弘さんの『ニムロッド』と、町屋良平さんの『1R1分34秒』の全文と芥川賞の選評が掲載されています。

恒例の選評の抄録です(各選考委員の敬称は略させていただきます)。

高樹のぶ子

「平成くん、さようなら」は、客観的には恵まれている男がなぜ安楽死を希うか、に読者の興味は向かう。安易な理由(難病)でなく、死を望むほどの説得力ある苦悩が描かれていれば、それはそのまま現代社会への批評になっただろう。蛇足ながら一般論として、メディアに流通している候補者のイメージは、周回遅れのスタートを強いる。なぜか。年齢もキャリアも時には性別されも捨象して公正に読もうとするとき、すでに在るイメージは邪魔になるからだ。もちろん、周回遅れのスタートが、見事トップでゴールすることもあります。

小川洋子

『1R1分34秒』の主人矩は、愛すべき青年だ。ウメキチとの出会いに救いの気配を感じながら、作ってもらったお弁当を公園のゴミ箱に捨ててしまう屈折と、女性の可愛らしさを心の底から称える素直さが、矛盾なく共存している。彼が初めてウメキチとトレーニングするシーンの、肉体を通した緻密な会話は忘れがたい。頭脳から遠く離れた場所で、体は圧倒的な美を表現する。言葉の届かないところにこそ書かれるべきものがある、という真実を証明している。

島田雅彦

『ニムロッド』は文学の王道ともいえる神話の換骨奪胎を複合的にやってみたもので、バベルの塔を造った聖書の登場人物と同じ名前の「駄目な飛行機」があったことがおそらくは創作の出発点になっている。小説家志望の男、ビットコインを「発掘」する男、飛行機開発の夢と挫折のエピソードが、バベルの塔の建設やイカロスの失墜といった神話的元型の現代的変奏となっている。間もなく終焉を迎える人類文明への哀歌を雑談風の軽妙な語り口で歌ってみせているところも魅力。ただNAVERまとめに依拠している部分が多過ぎるのは手抜き。

吉田修一

「平成くん、さようなら」古市憲寿さん。

 書かれていることの隅から隅まで最新・最先端なのに、どこにも新しさを感じないという不思議な小説で、作家としてはナルシズムをもっとコントロールすべきだし、文学としては人間を描いて時代を浮かび上がらせるべきであって、時代のために人間を使うのは危険だと思う。あと、安楽死や尊厳死というものは死にたい人のためではなく、死ねない人のためにあるのではないだろうか。

山田詠美

『平成くん、さようなら』。死をこのような形で取り上げるのなら、もっと徹底的に軽々しく扱って欲しかった。そうしたら、そこから独自のリアルが顔を出したかもしれない。でも、ここでは、父はカルト宗教に関わった犯罪者、母は自殺、本人は失明の危機という三重苦。で、安楽死願望? マジですか?

 この作者は、発表の翌朝、TVのワイドショーで、「純文学にはうじうじする主人公が多いけれど、自分の作品は自己肯定だから駄目だった」というような落選の弁を述べていたが、これまたマジですか? 自己肯定ではなく自己過信の間違いではないのか。そして、小説を腐らせるのは、まさにその自己過信なのだが……やれやれ……平成くん、さようなら。

奥泉光

 もうひとつの受賞作、上田岳弘「ニムロッド」は、同じ作家の過去の作品に比して過剰性が抑えられており、少し寂しく思ったものの、旧約聖書神話を根幹に据えつつ、人類の営為の虚しさとそれへの愛惜を、仮想通貨や小説内SF小説などを織り込みつつ描いた一篇に高い完成度があるのを自分は認めた。本篇で一番過剰な部分である「駄目な飛行機」が、ネットのサイトからの引用であるところに自分はいくぶん不満を覚えたが、引用を自在に使い、テクストを編むのは、小説の有力な方法ではある。

宮本輝

 わたしは高山羽根子さんの「居た場所」を推したが、どこか推し切れないものを抱いていた。

 そこがどんなに苦労まみれの地であろうと、楽しい思い出に満ちた地であろうと、自分がある時期を過ごした「場所」への郷愁は特別なもので、愛憎こもごもであるにしても、その「場所」を訪ねてみたいという感情には好悪を超えた何物かがある。

 主人公の妻は、おそらく中国からさほど遠くない小さな島に生まれて、少女時代にベトナムあたりに働きに行ったのであろう。いまは廃墟となったその町を訪ねていくのだが、廃墟をさまよっているうちに自分が住んでいた部屋をみつける。そこで起きる奇妙な出来事がいったい何の暗喩なのか、私にはどうしてもわからなかった。

 その旅を終えて帰宅した家でうごめいていた毛皮のようなものも、なにを表そうとしているのかわからない。

 読者の想像力にゆだねるにしても、これでは不親切過ぎる。ファンタジーにはファンタジーとしての楽しみが必要だ。

川上弘美

「平成くん、さようなら」の、平成くんが、わたしはけっこう好きでした。でも、きっと平成くんはわたしのことを好きになってはくれないだろうな、とも思ったことでした。最後の、平成くん自身か平成くん仕様AIのどちらが語り手「私」とかわしているのか、明かされていない会話は、今まで読んできた候補作の中でわたしにとって一番寂しい会話でした。そこは、とてもよかった。けれど、二度めに読んだ時には、実は平成くんに、もうあまり興味が持てなくなっていたのです。もしかするとそのあたりが、小説としての弱さなのかもしれない。

堀江敏幸

 平成の世に入ったばかりのころ、フィギュアスケートの「規定」が廃止された。基礎は大切だが、それらの項目だけを順に並べてもプログラムは育たない。古市憲寿さんの「平成くん、さようなら」から感じられたのは、そんな「規定」があった昭和時代の匂いである。安と楽と死を組めば、安楽死ができるのかどうか、これは創作全般に関わる問題だろう。

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