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朽ち果てた神社に浮かぶ原発事故の爪痕 避難指示解除後も住民帰還が進まぬ被災地のいま

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傾いて今にも倒壊しそうな国玉神社。一帯は原発事故に伴う避難指示が解除されたが、戻って来た住民は少ない=長屋陽撮影

明らかに傾いた拝殿は今にも倒れそうで、境内には鳥居の笠木などたくさんの石があちこちに散らばっていた――。そんな朽ち果てた神社が、東京電力福島第一原発事故に伴う避難指示が解除された地域にある。

国玉神社がある浪江町川添地区は、原発事故に伴う避難指示が2017年3月末に解除され、自由に生活ができるようになった。ただ、自宅へ戻ることができた人は限られ、神社への参拝客はおろか、周辺では住民の姿もほとんど見当たらない。

それでも、昨年末には誰かの手によって拝殿にしめ縄飾りが飾られた。宮司の男性は町内外の避難先から参拝するかもしれない住民を思って、正月に合わせて拝殿に神札を供えた。神札には氏子へのメッセージも添え、多くの住民が帰還できない状況にも関わらず、「復興が進んだ」と強調される現状を嘆いた。

地区のシンボルだった神社は近く、取り壊される。故郷を取り巻く状況が厳しく居住人口の増加が見込めない中でも、県内外で暮らし続ける氏子たちは、神社を再建することを目指している。いつか神社が昔のようにコミュニティーの中核として親しまれ、地域がよみがえることを願って。【岸慶太】

6年余りの避難指示で人の出入りが無くなり、荒廃した国玉神社

遠方から参拝に訪れる避難者を思って、宮司は拝殿に神札を用意した=長屋陽撮影

浪江町役場などが並ぶ町の中心部から西にわずか2キロ余り。国玉神社は、平将門を祭神として祀り、「国王神社」という愛称で呼ばれることもあった。春になると2本の枝垂れ桜が咲き誇り、近隣の住民たちも見物に訪れたという。

しかし、今では、近くの民家に人が住んでいる気配は感じられない。神社前の国道は原発事故後の除染作業などで出た廃棄物を積んだトラックが行き交うが、夜になればそれもなくなり、静けさに包まれる。

8年前のあの日。浪江町は震度6強の強い揺れと大津波に襲われた。そして、福島第一原発事故が発生。2万1000人余りの町民全員が避難を強いられた。原発事故当時、川添地区に約1000戸いた氏子は、県内外へ散らばっていしまったという。

地震の強い揺れがどう影響したかなど、神社が損壊していく過程ははっきりとしていない。ただ、地区への立ち入りが制限され、人の手が入らなくなった6年余りの間に、拝殿は少しずつ傾いていった。人の出入りが無い拝殿は荒廃し、境内は雑草が生い茂っていった。

忘れられたはずの神社に誰かがしめ縄飾りを奉納

宮司の井瀬信彦さんは88歳。事故から8年近くが過ぎた今も、北西に約522キロ離れた福島市で避難生活を続けている。神社から少し離れた浪江町津島地区にある自宅は放射線量が比較的高い帰還困難区域に含まれ、今も立ち入りが厳しく制限されている。それでも、生まれ育った浪江の今が気になって、避難先からおのずと足が向いてしまう。

国玉神社近くには、除染作業で出た廃棄物が入ったフレコンバッグが山積みにされていた=長屋陽撮影

長年、国玉神社の祭祀を担い、住民の安全と地域の平穏を願ってきた。昨年12月25日、新年を控えた国玉神社の状況が気になって訪ねてみた。

拝殿は人の気配も感じられないが、立派なしめ縄が奉納されていた。誰の手によるかはわからない。「ほとんど人も住んでいない場所なのに、神様の仕業なのかな」。そんな風にすら思った。

その3日後。再び、神社へ向かった。もしかしたら町外に避難している人が正月に浪江に戻って、初詣に訪れるかもしれない。「家内安全」「交通安全」「身躰堅固」と書いた神札約30体を拝殿に置いて、自由に持って帰ってもらうことにした。

「復興は進んでいない」 今も避難を強いられている宮司の怒りにも似た思い

「皆さんお元気ですか いかがお過ごしですか」「今年も、異郷で迎える八度目のお正月、お元気ですか。」そんなあいさつから始まるメッセージを添えた。地域を見守ってきた宮司、そして一人の避難者としての思いを正直につづったつもりだ。「復興は進んでいる」とばかり強調され、地域の実情が伝わらないことへの怒りを伝えるかのように。

新聞、テレビ見ると浪江町の復興は着々と進んでいると伝えています、首相も其れを信じているようです。

其れは 大変心強いことだとは思います、然り乍ら、七年経った今、浪江町に帰って居る人 八百人余(四%)と云う現実を、見ての言葉なのでしょうか、大勢の人が先が見えず、困っていると云うのに。

帰還困難区域の津島、室原、大堀、の一部の区域を拠点区域と定め除染に着手していますが、人が住めるようになるのは五年後とのことです、それ以外は、今、除染の予定はないと云う事ではないですか。

日を経るごとに疎み行くは世の習い、故郷を追い出されて七年過ぎ、時の流れと共に故郷は遠くなるものか、町の意向調査によると、帰らぬと決めた人四十九、五%、帰ると云う人十六、八%どちらとも決めかねている人三十一、六%と記されてありました、古里はどうなってしまうのでしょうか。

国玉神社の拝殿に置かれていた神札。氏子に対するメッセージも添えた

新年を迎えた避難指示解除地域 神社に参拝者の姿は無かった

そして、故郷に戻れない無念をこう記した。

鮭が故郷の川に帰り、秋には白鳥や鶴が舞い戻り、春には燕が軒下に来て元の古巣に住みつくと云う、感情が無いと云われる彼らには 何事か、自然の摂理では済まされない何かが在る気がしてならない。

大晦日の31日午後10時。井瀬さんは福島市の避難先を出発し、県沿岸部にある神社数か所を回った。新年を迎えた神社はどこも参拝客の姿がみられた。

国玉神社に着いたのは午前2時ごろ。境内に人の姿は無かった。原発事故前なら、顔なじみの住民と新年のあいさつでもしていた時間だ。「原発事故が無ければこんなことにはならなかった。嘆かわしさしか感じない」

避難指示が解除されても地域に戻ってくる人は少なく、今後も多くは見込めない。それでも、井瀬さんや県内外で暮らす氏子たちは、今の神社を解体した後、新たに立て直すつもりでいる。

「浪江に戻った人にとっても、今も戻れずにいる人たちにとっても、神社は故郷のシンボル、心のよりどころでありたい」。そんな思いからだ。

神社は心の拠り所 取り戻したい住民のつながり

住民は復興を目指す地域の中核となることを願って国玉神社の再建を目指している=長屋陽撮影

神社の再建には現状で1000万円以上が必要で、氏子からの寄付も募りたい考えだ。井瀬さんにはこんな自信がある。「原発事故が起きる前、仮に何らかの災害で建て直しが必要になったら、氏子みんなが協力してくれたはずだ」。

ただ、原発事故は氏子をバラバラにし、今も避難先での不安定な生活を強いている。連絡が取れなくなった人も少なくない。誇りにしていた氏子同士のつながりを原発事故に壊された。その悔しさはずっと忘れることはない。

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