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厚生労働省の不適切統計問題に思う - 佐藤敏信(元厚生労働省勤務、久留米大学教授)

2018年の暮れ以来、毎月勤労統計調査を巡る厚生労働省の不適切な対応が問題になっている(「統計不正問題」と呼ぶマスコミもある)。

初めにお断りしておくが、筆者は本稿で、厚生労働省を弁護したり、軽微な問題であるなどと主張するつもりは全くない。

ともかくマスコミ上やネット上ではこの問題については「真正面から」様々な論評がなされていて、それはそれで興味深い。そこで、それらを一部紹介しながら、私なりの考えを述べることにする。

◆統計軽視と近代日本の成り立ち

この問題の根底には、厚生労働省をはじめとする中央省庁の統計の軽視があるとされている。このことを考える上では、わが国の近代の成り立ちからひも解く必要がある。

多くの識者は「そもそも統計結果に基づき正しい政策決定を」と言う。しかし、実際にはそうではなかったし、それで特別に問題はなかったとさえ言える。なぜなら、真実も、あるべき政策も最初から「外」にあったからである。

古には中国、明治維新以降はヨーロッパ、そして近年ではアメリカ。圧倒的な彼我の差の前に、わざわざ統計(データ)を取って実態を把握し、その中から何か普遍的な価値や真実とかを見出す必要はなかった。

既に確立した考え方や政策を、日本流に翻案しさえすればよかった。そうやって、時間を節約し、列強に伍することもできた。

そうした雰囲気・風潮は学校教育の中にも生きている。読者諸氏も経験されたはずだが、そこでは真実はたいてい一つで、教師や教科書がその真実を伝達する。児童生徒は本来の意味を理解する必要はなく、ただ単に暗記すればいい。

そもそも儒教的価値観においては、長老(師と言い換えてもいいが)の言葉は常に正しく、これに疑いをはさむとか、いわんや検証するなどと言うことは許されなかったはずだ。

省庁においても上司や大臣等の政治家の考えは絶対であり、統計はしばしばそれに合うようなものを選んで加工して準備してきたとさえ言える。

近年、高齢社会の進展とともに、考えるべきこと、対応すべきことの手本となるような絶対的な考え方、集団、国家などは存在しなくなった。したがって、日本人自身で解明し、切り拓いていかなければならなくなっていた。ところが、こうしたスタイルだけは続いてきたというのが実態だろう。

◆統計学教育、第三者委員会の運営

別の角度からも見てみよう。「省庁において統計や統計部門が軽視されてきた。」ということは誰でも言えるが、では日本人は学校で、どれほど、統計や統計学を学んできたのか。

そもそも文科系のかなりの大学が受験科目として数学を課していない。理科系の大学のように入試で数学がを課しされていても、微分・積分などが中心であり、統計などは入試問題として見かけることは少ない 。

実社会に出てみると、実験研究は言うまでもなく、製造工程の歩留まりや営業成績の評価など、統計抜きでは生きていけないほどになっているのにである。

高校時代に、実社会でのどんな場面でどう役立つともわからない行列や数列やベクトルに悩まされた筆者にとってみれば、「何を今さら」の感がある。

補足しておくと、抽出は誤差が大きく、全数調査こそがあるべき姿と思っている方がおられるとすれば、統計の基礎から学びなおしていただきたいし、「効率」ということも考えていただきたい。

次に第三者評価委員会の運営について見てみよう。推測の域を出ないが、「通常国会開会までに終息させるべき」とのトップからの強い意向があったのではないか。

開会日から逆算すると、こういう進め方・方法でしか解決できなかったのではないか。それにしてもいったんボタンを掛け違うと、負のスパイラルに落ち込むということか。

◆「入力」と「出力」、職員数の少なさ

この問題の別の側面も指摘しておく。政府統計の本当の問題は、筆者自身は「入力」と「出力」にあると考えている。

入力、つまりデータの記入・収集の多くは、今だに紙に手書きで記入し、これを回収するという方法をとっている。

しかも、これをあらためて人力でコンピュータでに入力という、壮大な手間と無駄の世界である。OCR方式になっていればまだマシましという程度で、ICT社会の実現などどこに行ったのかと驚くばかりだ。

出力の方は、公表の仕方とタイミングに問題がある。毎月勤労統計は「毎月」であるが、多くの統計は公表までにざっと1年を要している。また調査も3年に1度など、「間引き」されているものまである。これでは適時的確な分析、意思決定はできなまい。

過去10年の間にデジタルデータとしての利用が可能になるなど、多少の進歩はあったが、それでも遅いと言わざるを得ない。

遅いだけでなく、その利用も、通常は公開されてあらかじめ表形式になったものしかに限られる利用はできない。研究者等が原票に当たって調査研究しようと思えば、特別な使用許可願を提出したうえで、相当の日数待またなければいけならない。

また、統計に従事する職員の数の少なさを問題にする論調もあったが。しかし、これも必ずしもそうだとは言えまい。

上述のような非効率な、 言葉を換えれば十年一日のような収集・分析の仕組み、体制を放置したまま、職員だけを増やしたところで問題が解決するというものでもなかろう。


◆まとめにかえて

最後に、政治的な思惑についても触れておきたい。筆者は、冒頭で統計不正問題の解釈には違う切り口もありうると書いた。これまでのところ、政治の世界やマスコミは、厚生労働省の体質や発覚後の対応を天下の一大事として報道することに熱心である。

しかし、日経朝刊2019年2月7日によれば、各社世論調査でも内閣支持率は微増か横ばいと言う。もちろん、厚生労働省のガバナンスの問題であって安倍政権自体が原因でないということもあるからかもしれない。しかし、意外に、国民はよくわかっていると「読む」べきではないか。

与野党にとってみても、統計不正問題は、(実際に不利益を被る(被った)方には本当にお気の毒だとは思うが)政治力学的には底流にいろんな考え方が絡み合っているように見える。

と言うのも与党にとってみれば例の森加計問題から目をそらすことができる。野党にとっては、レーダー照射問題についての党としての姿勢を問われることも、外国人による献金問題への対応を問われる可能性も減る。

いずれにしても、今回のことを通して、政府統計はもちろん、統計のありように注目が集まったことは苦い経験として生かさなければならない。その場合、根底にある、日本の教育や意思決定のあり方から考え直さないと、本質的な解決にはならないと指摘しておきたい。

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佐藤敏信(元厚生労働省勤務、久留米大学教授)

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