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日本メディアが捉えきれない「タイ総選挙」対立の本質 - 樋泉克夫 (愛知県立大学名誉教授)

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首相選任システム

国王がクーデターを裁可した瞬間、クーデターに決起した軍人集団には正式に国権の全権が付与され、その下に暫定政権が組織される。クーデターという軍事行動に訴えた非合法軍人集団が合法的国家機関に変質するわけだ。

2014年のクーデターを例にとるなら、プミポン国王が裁可した段階で当時のプラユット陸軍司令官をトップとするクーデター集団は「NPKC(国家治安維持評議会)」として国政の最高機関たる地位を獲得した。現在のプラユット暫定政権を支えているのは国権の最高権力機構たるNPKCである。つまりプラユット暫定首相の権力の源泉は自らが務めるNPKC議長のポストということになる。ここで忘れてならないのは、総選挙を経て民政移管が行われ新しい政権が発足するまで、NKPCは権能を維持しているということだ。

クーデター成功から民政移管までの期間の最大の政治課題は新憲法の制定だが、最も重要な問題が首相の就任要件と首班指名権である。

国会に議席を持たずとも首相就任が可能なら、現役軍人が制服のままで政権を掌握できる。憲法が軍政を保障することになるが、さすがに「国王を元首とする民主主義」には抵触するだろう。そこで首相は総選挙を経た下院議員であるべきか。非下院議員でも就任を可とするかという問題が起こってくる。

下院議員に限定された場合、軍人の就任は極めて困難となる。それというのも国軍指導者はドブ板選挙が苦手であり、手練手管に長けた政治家からするなら制服を脱いだ元軍人政治家の影響力を殺ぐことは赤子の手をひねるほどに容易いからである。事実、制服を脱いで首相になった3人の陸軍大将――クリアンサック(1977年~80年)、スチンダー(1992年)、チャワリット(1996年~97年)――は共に不本意な形で政権を手放さざるをえなかった。跳梁跋扈する政党・政治家に足元を掬われてしまったからだ。

残る重要課題が国会構成である。タイでは政権の命運を左右する首班指名、予算決議と内閣不信任決議の3件は上院(勅選)と下院(総選挙・政党)による両院合同議会で決せられる。一般的には上下両院は2:3の議席比で構成されてきた。勅選とはいえ上院議員はクーデターを成功させた軍政当局が選任を担当することから、制服を脱いだ国軍幹部は下院の3分の1程度の支持を集めれば首相に選ばれ、安定的な政権運営が可能となる。

2017年4月に公布・施行された現行憲法を例に見るなら、上院250人、下院500人で構成される。上院議員は勅選だが、250人のうちの50人は中央選管が、200人はNPKCが選任する。当然のように中央選管もNPKCの下に置かれているわけだから、250人がNKPCの意向に逆らう投票行動を取ることは考え難い。

一方、下院の500議席は小選挙区選出の350議席と、比例代表の150議席とに分かれる。現行憲法と選挙法に拠れば比例議席は小選挙区における政党の獲得票数に単純に反映されないことから、小選挙区での勝利は必ずしも下院での勝利に直結するわけではない。

要するに軍政当局は総選挙後の国会において、すでに手中に収めている250票の基礎票に加え、下院で130票ほどを集めれば上下両院合同議会の過半数を制し、プラユット暫定首相を民政移管後の新たな首相として送り出すことができるわけである。

かりにタクシン元首相系のタイ貢献党が有利な選挙戦を展開し下院過半数を獲得したとしても、上院の250議席がネックとなって政権獲得は事実上不可能となる。一方、早々とプラユット暫定首相支持を打ち出した国民国家の力党(軍政当局のダミー政党)にとっての目標は130議席超になり、“勝利のハードル”はさほどは高くない。

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